1.休みましょう
精神的にも身体的にも、職務から離れることです。
牧師館に居ては、休みになりません。自分を客観的に見ることが出来るために、職場から解放される必要があります。
主イエスは、伝道から帰って来た弟子たちに、「あなたがただけで、人里離れた所へ行って、しばらく休め」と言われました。
2.自分が限界のある存在であることを受け容れましょう
2タラントの人間は、2タラントを返せばよいのです。
自分のタラントを、自分で受け容れることです。
3.自分の評価だけでなく、他人からの評価も気にしないことです
パウロは、コリント前書で、「他人からどう評価されようとも、神の裁きに任せている。それだけでなく、自分で自分を裁くことすらしない」と言っています。
4.社会的資源を利用しましょう
自分は牧師として他人を援助する者であっても、自分もまた、他人から援助されることを、謙遜に学ばなければなりません。牧会者が、牧会を受ける必要があるのです。
クリスチャン・メンタルケア・センター(CMCC)や
クリスチャン・カウンセリング・センター(CCC)などがあります。
5.家族も燃え尽きてしまわないよう、配慮しましょう
スイスの神学者ルドルフ・ボーレンの妻は、心を病んで、自ら命を断ってしまいました。その痛みの体験を、ボーレンは『天水桶の深みにて』に記しています。
牧師が燃え尽き状態になると、家族も燃え尽き状態になってしまうので、配慮が必要です。
6.しかし、牧師が病むことによって、牧会者としての資質を与えられることもまた、事実です
病める人が、良い牧会者になれるのです。
臨床牧会カウンセリングを始めた人は、ウースターの精神病院で自ら癒された人でありました。
三永恭平
救世軍士官学校主催
「牧会者のメンタルヘルスケア・セミナー」
主題講演より
(2003年6月17日)