1.世俗ギリシャ語では、「幼子」は、未熟な者、おろかな者、という意味もあります。1歳から10歳までが「幼子」と呼ばれていました。また、社会的立場が弱いために、何らかの保護が必要な人も、「幼子」と呼ばれることがありました。
2.福音書では、「幼子」は、身分の卑しい者、低い者、イエスの弟子たち、群集をも指すことがあります。この世は、「幼子」を決して一人前とは認めません。それなのに、神は「幼子」をお選びになり、イエスを通して、「幼子」たちに、神を知らされました。これに対して、この世は、神を知るに至りませんでした。旧約聖書においても、神の啓示は、単純な心の持ち主に与えられる、とされています。イエスは、ご自分を低くして、「幼子」のところに、おいでになりました。この、イエスの謙遜は、神の恩恵の偉大さを表しています。イエスは、「幼子」たちを、ご自分のもとへと招かれます。イエスご自身が、神の啓示であり、イエスを受け入れることそのものが、神の啓示を受け入れることを意味します。そして、イエスをまず受け入れたのは「幼子」たちでした。
3.初代教父たちは、教義の学習を重視しましたが、しかし、クレメントやオリゲネスのような教父は、「神の啓示は、基本的には、幼子に対して与えられたものだ」との考えを堅持していました。クレメントは、「キリストは、幼子としてご自分を現されたのであり、そのキリストを信じるキリスト者もまた、幼子である」と述べました。
『キッテル新約聖書神学事典』より