ウェスレーによる「キリスト者の完全」の要約(1746年)
1.キリスト者の完全というものがある。というのは、それが聖書に繰り返し描かれているからである。
2.それは義認ほど早い時期に達成されるものではない。というのは、義とされた人びとが「完全を目指して進む」ように勧められているからである。
3.それは死ぬほど遅い時期に達成されるものではない。なぜならパウロは完全となった、今生きている人びとについて語っているからである。
4.それは絶対的なものではない。絶対的な完全は、人にも天使にも属するものではなく、ただ神にのみ属するものである。
5.完全は人を無謬の者とするのではない。肉体を持って生きている限り、人が過ちを犯さないということはあり得ない。
6.それは罪なき完全か? 用語についての争いは無益である。それは「罪からの救い」である。
7.それは「全き愛」である。全き愛こそが完全の本質である。その特質、すなわち全き愛と不可分な結実として、常に喜び、絶えず祈り、すべてのことに感謝することが挙げられる。
8.それはさらに成長する完全である。不動の一点に留まっていて、それ以上改善の余地がないような完全とは全く異なり、愛に全うされた人は、その時点から以前よりもさらに速いペースで恵みに成長していく。
9.それは頓挫し得るもの、失われる可能性のあるものである。これに関しては数多くの実例がある。
10.それは、常にその前後に漸進的な働きに伴われている。
11.しかし、それ自体は、瞬時的なものである。
ジョン・ウェスレー
ウェスレー、藤本満訳『キリスト者の完全』インマヌエル綜合伝道団、2006年、pp.271-272.