
教会と聖人たち(例えば聖イグナチオ・ロヨラ『霊操』の中の霊の識別についての章を参照)の経験から、一つの一般法則が明らかになる。
つまり、神の霊から来るものには、喜び、平和、精神の静穏さ、やさしさ、単純さ、光明が伴うが、反対に、悪の霊から来るものは、悲しみ、不安、動揺、心配、混乱、闇をもたらすということである。
良い霊、悪い霊のこれらの目印は、それ自体明白である。平和、喜びなどは聖霊の確かな果実であり、悪魔がそれを永続的に生み出すことはできない。
反対に、不安とか悲しみは、悪魔の確実なしるしであり、聖霊自体がその源になることはあり得ない。もちろん、“悔悛へと導く悲しみ”もあり、それは聖霊から生まれるものである。しかし、その悲しみはすぐに喜びに変わる。さらに、この悲しみは聖霊自体から来るものではなく、人の内の悪いもの、改悛の必要のあるものから来るのであり、聖霊がそれに光をもたらすのである。
良い霊、悪い霊がもつすべての特徴の中で、最大のものは平和に関するものである。神の霊は必ず心に平和をもたらし、悪魔は間違いなく動揺を引き起こすのである。
実際の生活では、事はもっと複雑である。神からのインスピレーションなのに、私たちの内に大きな不安を引き起こすことがある。しかし、その不安の原因はインスピレーションにあるのではない。神の霊から出るものは皆、それ自体はやさしく、平和なものである。不安は、私たちがそのインスピレーションに抵抗することから来る。私たちが抵抗をやめて、そのインスピレーションを迎え入れるならば、心は深い平安に満たされるのである。
ジャック・フィリップ
Jacques Philippe, OCD
ベアチチュード共同体
ジャック・フィリップ、渡辺美紀子訳『聖霊の息吹のまま』ドン・ボスコ社、2000年、84-86ページ。