聖木曜日
聖書 ルカによる福音書22:23-34, 54-62
黙想
ペテロは、完璧な弟子になりたいと願っていた。そして、失敗し、惨めさの極地に落ちた。しかし、イエスは、ペテロが裏切ることを、予告しておられた。ペテロは、イエスの言葉を聞く用意が出来ていなかった。それどころか、聞く必要は自分にはないとすら、思っていた。ペテロはこうして、イエスの言葉を聞き逃してしまった。おそらく、イエスの言葉は、予告としてよりは、穏やかな忠告の言葉として理解すべきなのかもしれない。「ペテロ、自分で自分を裏切ってはいけないよ」という忠告として。
弟子として生きるわたしたちもまた、ペテロのように、完璧な弟子たろうとして、あがいていないだろうか? 自分の力に依り頼んで、懸命に努力しているがゆえに、わたしたちもまた、イエスの言葉を聞き逃してしまっていないか? 「わたしは、おまえにそんなことを求めてはいないのに。自分で自分を裏切ってはいけないよ」という忠告を。
やがて、時が過ぎて、ペテロの信仰が試された。使徒言行録を見ると、ペテロは夢で示されて、神に心を開き、自分の考えを変えた、と記されている。また、伝説では、ペテロは主と同じ十字架刑を迫られて、信仰の最後の試みを受けた。
わたしたちもまた、信仰が試されることになる。試みは、必ずやって来る。もちろん、自分でわざわざ試みに合うようなことをする必要はない。自分が完璧な弟子かどうかを、自分で証明して見せる必要などない。むしろ、わたしたちはいま、深い祈りと単純な心で、自分を神に開き、わたしたちのうちに恵み深く働いてくださる、驚くべき神のみわざを受け取る必要がある。神は、ありのままのわたしたちを知り、愛してくださる。わたしたちがありのままの自分を神にゆだねるなら、神は、御自身の栄光のために、わたしたちをお用いくださるのだ。
レイ・ガストン
Ray Gaston
祈り
ああ、イエスさま。あなたの傷ついた御手を伸ばして、わたしたちに触れ、いやし、立たせてください。そして、わたしたちを、あなたのみもとに引き寄せ、また、お互いをお互いに、愛のうちに、引き寄せてください。アーメン。
イギリス聖公会オールハロウズ教会「受難週の瞑想」より
All Hallows Church, This is Holy Week