聖書 テサロニケ一5:23-24
1.ジョン・ウェスレーの流れに立つウェスレアン・ホーリネスは、聖潔を強調します。それは、聖書に、「聖潔は神の御心である」と明言されているからです。
2.聖潔は、わたしたちが神の御性質に与かることであり、それは、神と自分との二心のない純粋な関係を保つことにほかなりません。
3.わたしたちは、常に聖潔を追い求める必要があります。それが神の御心だからです。聖潔を求める必要はないと思った瞬間から、信仰の後退が始まります。すべてのキリスト者は、信徒か教職かを問わず、信仰の後退の危険性を持っています。だからこそイエスは「御名によって彼らをお守りください」と祈られたのです。
4.イエスは、「霊と心と体とが守られるように」という全人格的な守りの祈りを、わたしたちのためにささげてくださっています。霊(プネウマ)は、神に向けられた生命の根源。心(プシュケー)は、知性・感情・意志という、生まれながらの命。体(ソーマ)は、身体です。
5.現代社会は、人間存在の全人格的なバランスの回復を必要としています。ウェスレアン・ホーリネスが強調する「聖潔」はまさに、神の御手の中で守られて全人格的に回復される人間という、バランスがとれた霊性です。
6.1965年にロンドンで開催された救世軍百年祭で、カンタベリー大司教は、「すべての救世軍人は、驚くべき喜悦の賜物を有している。わたしは、陰気な救世軍人というものを見たことがない」とスピーチしました。バランスが回復された人間存在を特長づけるひとつが、「喜び」です。
7.聖潔は、自分の力で得られません。それは、まったく神の恵みによって与えられる賜物なのです。パウロは、自分の弱さを知るゆえに、聖潔の中に自分が保たれるよう、他者による祈りの支えを求めました。わたしたちも、自分の聖潔、お互いの聖潔のために、祈り求めて行きましょう。
2005年4月10日(日)復活後第二聖日
説教要約
説教者 藤井健次 少佐