聖書 マタイ11:25-30
1.先進国の人々は、物質的には豊かでも、その魂は孤独という病に冒されている、とマザーテレサは言いました。現代人は、コンパニオン・アニマル─人生の同伴者として共に生きてくれる動物─として、犬や猫などのペットに、孤独な心の癒しを求めています。
2.幸いなことに、わたしたちはひとりで生きなくてもよいのです。キリストが、こうおっしゃってくださるからです。「わたしが、あなたのかたわらを、共に歩きましょう。わたしが、あなたの人生の同伴者になりましょう」
3.今日の聖書箇所に出てくる「くびき」とは、畑を掘り起こす「すき」を引かせるのに、二頭の牛をひとつに連結するための農機具です。「すき」は大変重いので、一頭では引っぱることが出来ません。しかし、「くびき」で連結した二頭なら、重荷を分け合って、楽に引っぱることができるのです。
4.わたしたちもまた、ひとりでは負いきれない人生の重荷を抱えています。しかし、主イエス・キリストは、わたしたちのところに来て、人生の同伴者として、共に歩み、共に重荷を負い、共に生きてくださるのです。
5.キリストは「謙遜」になられました。それは、神のひとり子としての栄光を投げ捨てて、無力な、小さな、弱々しい、ひとりの赤ちゃんに化身し、ベツレヘムの馬小屋にお生まれくださったことを、意味します。
6.生きる悲しみ、痛み、さみしさ、空腹、疲労、友に裏切られ、愛する者を亡くし、誤解され、いじめられ、ついには、命を奪われる。キリストは、人間の悲哀を、すべて、わたしたちと同じように、味わい尽くされました。そうして、その上で、復活を遂げられたのです。
7.そのようなお方だからこそ、キリストは、わたしたちと歩調を合わせ、わたしたちの重荷を負い、人生の同伴者として、どこまでも、どこまでも、わたしたちと一緒に生きてくださることが、おできになるのです。
祈り:イエスさま、あなたを、わたしの人生の同伴者として、お迎えします。どうぞ、わたしと一緒に、歩んでください。
2005年4月24日(日)復活後第四聖日
説教要約
説教者 山谷 真 少佐