聖書 ヨハネ15:26-16:4
1.弟子たちは、主イエスが捕らえられたのを見ると、恐ろしさのあまり主を見捨てて、蜘蛛の子を散らすように、ひとり残らず逃げ去ってしまいました。しかし、復活の主に出会い、さらにまた、聖霊降臨(ペンテコステ)の体験をして以後の弟子たちは、いかなる迫害もものともせず、大胆不敵に主イエスを証ししてやまない者に、変わっていました。
2.わたしたちも、聖霊を受けるとき、弱く臆病であった者が、勇気ある証人(あかしびと)に変えられるのです。それは、聖霊が、わたしたちの心に「あかし」を授けてくださるからにほかなりません。
3.聖霊は、「救われたこと」「神の子とされたこと」「天国に入ること」を、わたしたちの心に、直接的かつ内的に語りかけ、確証してくださいます。これが聖霊の「あかし」です。
4.主イエスは弟子たちを残して、父なる神のもとへ上げられました。しかし、弟子たちは、ひとりぼっちで取り残されたのではありません。主は、ご自分に代って、聖霊を、弟子たちに送ってくださったのです。その聖霊の到来こそが、聖霊降臨(ペンテコステ)でありました。
5.聖霊は、わたしたちの心にもおいでになり、住んでくださいます。聖霊は主イエスの御霊ですから、わたしたちは、寝ても覚めても、東にあっても西にあっても、いつも、つねに、主イエスと共にあり、主と語り合い、主と交わり、主と共に生きることができるのです。
6.聖霊はまた、「弁護者」でもあります。弁護者を指すギリシャ語の原語は、「裁判所の法廷で被告人のすぐそばに立ち、終始、被告を弁護し、とりなし、守ってくれる親友」という意味があります。
7.わたしたちは、やがて死んで、神の裁きの座の前に呼び出されるでありましょう。しかし、わたしたちは、ひとりで立たされるのではありません。弁護者なる聖霊が、わたしたちのすぐそばに寄り添い、真実な愛をもって、わたしたちを弁護してくださるのです。それゆえ、わたしたち自身を、聖霊にお任せして、進んで行きましょう。
2005年5月8日(日)昇天後聖日
説教要約
説教者 山谷 真 少佐