聖書 マタイ15:11-28
1.マタイ11章から16章にかけて、主イエスの前に、二種類の人々が立ち現われて来ます。ひとつは、切実な必要をもってイエスに叫び求め、信じて疑わずに祈り続けるひとたち。もうひとつは、信じることが出来ずに議論し、証拠を求め、ついにはイエスに反対すらするひとたち。
2.ファリサイ派の律法学者は、豊富な聖書知識のゆえに、単純にイエスを信じることができませんでした。イエスの弟たち妹たちは、「自分はイエスを身近で一番よく知っている」と思い込んでいたゆえに、イエスを信じることができませんでした。
3.当のイエスの弟子たちさえ、四千人の給食、五千人の給食、水上歩行の奇跡を、つぎつぎと目の当たりにしていながら、なお、イエスを信じることができなかったのです。主が、十字架と復活のことを予告されると、ペトロなどは、イエスを隠れたところに引っぱっていって、「先生、そんなことをおっしゃっては駄目です」と、イエスを諌め始めるありさまでした。
4.そうした「信じるに至らなかったひとたち」の群像の中で、ただひとり、カナンの女だけは、「あなたの信仰は立派だ」と、イエスからお褒めの言葉に与かったのです。
5.この女性は、外国人であり、異教徒であり、少数派であり、社会的な差別を受けていました。神についての観念や聖書の知識は、確かなものをほとんど持っていなかったでありましょう。しかし彼女は、切実な求めを持っていたがゆえに、イエスに叫び、求め、けっしてあきらめずに、イエスに訴え続けたのでした。
6.ひるがえって、わたしたちの信仰は、どうでしょう? イエスの弟子たちは、繰り返し、繰り返し、「信仰の薄い者たちだ」と、イエスからおしかりを受けています。わたしたちもまた、このカナンの女の単純な信仰から、多くを学ぶべきでありましょう
7.「からし種ひとつぶの信仰があれば、山を動かすことができる」と、イエスは言われます。信じて疑わずに祈り続けること。そうするなら、「あなたがたにできないことはなにもない」と、イエスは語っておられるのです。
2005年9月18日(日)三位一体後第十七聖日
説教要約
説教者 山谷 真 少佐