「第8夜 つまるところ、幼馴染とノスタルジアのクロスオーバーを語る」
萌え属性論
ということで幼馴染という要素が萌えカテゴリーに属される背景についていろいろと語ってきましたが、背景として大きな要素としては
1)いわゆるサラリーマン世帯で育った人の場合、その25〜30%ほどは親の転職・転勤、マイホーム購入による転居などの理由で転居を経験しており、ここでそれまでの子供なりの人間関係(つまり幼馴染つながり)が致命的なリセット要素になる。
2)同様にそれは当時近所に住んでいる幼馴染にも当てはまるため、同様に25〜30%減少要素になる。
3)平たく言えば第二次性徴への遅れや本人の異性感・気質などで、25〜30%ほどの男子は異性の友人を拒む傾向があり、結果的に幼馴染的な人間関係つくりの阻害要因となっている。
他にも親の社会的な環境とかいろいろな理由で幼馴染の絆が喪われる可能性もあるのですが、上の3要素特に1と3ですね、これによって概算で半数くらいの男子が結果として子供時代にあった幼馴染の縁がなんらかのかたちでぶつ切れになってしまうってイメージをおこしても問題ないでしょう。
3のケースにおいては、まぁごくまれに「それでも○○君が好きだった〜」が続きまくって復活より戻しってケースもありえるのですが、まぁそうなる前に靡いてくるオトコに流れちゃうでしょうけどね。
こう考えると幼馴染として求められる要素に根深いものとしては、喪われた存在のリカバーであり、その点ではノスタルジア的要素に大きく根付くのではないか、と思われます。
こういっては何ですが、複雑な人間関係、疲労を重ねるだけの日常、そんな中癒しとなることはかって喪われた日常。そこへのノスタルジアの断片の中に美化された少女がいれば、それは喪われた過去への補完であり代償機能というのが大きな要素となるのではないだろうか、とまぁこう感じますワケで。
まぁ気まぐれ企画なこのページ、更にこの理論を深めます事柄が出てきますならば、またぽつぽつ綴ろうかとは思いますが、まったり幼馴染論、ここらでいったん幕としたいと思います。
さて次回というか、次回からまた別な属性論を語っていきたいと思いますが、いったんここいらで、それではではでは.