墨田区内の総合病院で、ひとりの老人が亡くなりました。
彼は浅草や上野に幾つかの店を持つ大きな鰻屋さんの社長さんです。
実は近々息子さんに後を譲り次の株主総会で引退する積りでした。
そんな彼が倒れたのは3日前でした。
病名は脳梗塞
それも可なり酷い状態で、お医者さんも諦めていました。
子供たちや孫たちの呼びかけにも応えず安らかな顔で眠る彼でした。
彼には皆の声は聞こえていました。
でも体がいう事を利かないので応えられません。
直(すなお:息子さん)!
お前に会社は譲る
彼はそれだけを伝えたいのですが声が出ません。
今になって思えば遺言も何も作らなかったのが心残りで仕方有りません。
病院の霊安室から一旦自宅に運ばれた彼の体はリビングを急遽片付けて仏間とし、暖炉の前に置かれた棺の中に入れられました。
今夜はここで家族だけの通夜です。
夜遅く、ひとりの男の子が訪ねて来ました。
遊びに来たよ!
虫取り網を持った汚いランニング姿の男の子が棺の前で言いました。
それは63年前の空襲で亡くなった親友の弥助くんでした。
※皆さんご存知の夏童(なつわらし)です。
久し振りだな弥助!
彼はそういうと立ち上がりました。
あれ?
そうです彼は自分の体を抜けて魂だけが立ち上がったのでした。
死んだ自分の顔をシミジミ眺めながら
随分生きたんだな
と呟きました。
遊びに行かないか?
お前は夜が明ければ魂は大地に溶け込むから後4時間だぜ!
彼は子供の時に死んだ夏童と違って永遠には生きてゆけません。
佃島行こう!
夏童が言いました。
佃島は彼が夏童とよく遊んだ場所です。
ハゼ釣りやシジミ取りをした思い出の場所です。
次は銀座、そして最後に浅草に有る彼の経営する鰻屋さんです。
夜遅いのに役員たちが集まっていました。
皆酒を飲みながら泣いています。
※偶然ですが明日は定休日です。
生きていた時は『うるさいオヤジだ!』なんて思ってたけど死んじゃうとはな。
これじゃ文句も言えないじゃないか!
常務が言いました。
彼は30年前に岩手から中学を出て板前の見習いから始めたのですが全然要領を得ず仕方なく帳場に回されました。帳場には社長の奥さんと大学を出たばかりの息子さん、それに去年経理学校を出た女の子、それに彼の4人でした。
元々頭の良かった彼は直ぐに帳場の仕事を覚えました。
そして仕入れや資金のやりくりと頑張ったお陰で店を幾つも出せました。
でも年がら年中社長とはケンカばかりです。
お前は良く文句言ってたな。
板長(料理長)が言いました。
彼は社長にイチから料理を教わりました。
自分が下の者に教える立場になっても『未だ社長を超えていない』と思っていた矢先に突然社長が亡くなって今目標を失いかけています。
そんな2人を見つめる監査役の老人。
彼は社長の幼なじみ(もちろん夏童とも友だち)
昔浅草や佃島で遊んだ事が走馬灯のように思い出されました。
次の社長は坊ちゃん(社長の息子)で良いよな
彼が呟きました。
それは全く予期せぬ言葉でした。
ハッとした彼は2人を見ました。
2人は静かに頷きました。
もう時間だよ
夏童が白みかけた東の空を指差して言いました。