牛のよだれ(というと、大変な被害が出た口蹄疫の話題かと思ったりもするでしょうが)のように・・・という喩えがぴったりな萩桐紀、だらだらと、展開少なくただただ長く続いている感があります。
萩桐紀・樂喜二年春夏の物語も、数えて24章まできています。
24章は『知父若莫』というタイトルなのですが、この四文字から連想される意味は、“お父さんはもう若くないということを知ってしまった”的な、あるいは、“子どもはお父さんの若い頃のことなど知らない”的な印象ですが、もともとは、『子を知ること父に若くは莫し(こをしることちちにしくはなし)』という諺のつもりです。四文字という字数制限でどれを外すかと考えたとき『子』を外してしまいました。
この諺は、我が子の長所や短所は誰よりも親が一番よく知っている、という意味。
その1では、桜子(おうし)のを上げるも下げるも、父である公展(きみのぶ)の思い通り。
その2では、千世(ちとき)と千里(ちさと)という兄弟の父、千興(ちおき)が子育ての後悔したり愚痴ったり…いくつになっても子どもの将来が気になる様子が。
その3では、洋泉(ようぜい)の父、北泉大納言(きたずみだいなごん)のほんわかおもしろお父さんぶりに触れる。
3つの父子関係を理能が見て、感じて、さて次は…ということになります。
本当は父の日のある6月に掲載する予定でしたが、すっかり遅くなってしまいました(^-^

0