「パーマネント・プレス 13 1995年4月25日発行」
文学
パーマネント・プレス 13 1995年4月25日発行
記事内容
論考■石川為丸「恭順の場から『詩の死』を退嬰的に語るな」(近藤洋太・瀬尾育生について)
詩■坂井信夫「痙攣」 芝憲子「天国の天皇」 吉沢孝史「ノナマエの蛇」
瀬尾育生論 「逃走する虫の無責任」
恭順の場から「詩の死」を
退嬰的に語るな (下) 石川為丸
浮かれ者の着地点
その軽さによって彼は情勢認識の敏なるところを誇ったりすることになるのだ。洋太は言う。〈しかしそれ(旧ソ連等の崩壊)は文字通り「社会主義国家の終焉」という事態であって、理念上の「マルクス主義の終焉」とは、既に二十年前、件の「連合赤軍」事件以後のこととして私たちに感受されたものだ。〉だとよ。よく言うよなあ。厳密にいえば、二十年前に理念上のマルクス主義というものが終焉したというわけではない。それって、いまだに理念上は健在なんだよね。言えることは、人々の感性的な現実感覚から大きく外れてしまったということ。人々がマルクス主義の掲げる理念に本質的な欠陥を見たのではなく、それと現実との落差を感じとってきたということなのさ。
それにしても、もともと彼は、一度もマルクス主義者だったりしたことのない町奴だったはずじゃんよ。召還していた洋太にとってはマルクス主義というものは終焉するも何も、あらかじめ欠落してたんじゃないのかな。マルクス主義の終焉というものがあったとして、大切なのはそれが一九七二年だとか一九八×年だとかそんな時期の問題ではないはずである。洋太のように、状況が変わってしまったとか思いが現在と切り結ばないとかそんなことを嘆く前に、そういう事態に至ったのならば、それにはそれなりの理由があるはずなのだから、むしろこの状況の変遷自体に、わしらの思想的な課題があるのだと受けとめるべきなのだ。ある時代のある局面に、この理念が正しいと考えつくしたはてに選びとり、それに基いて行動したとする。だが、世の中はいつも変わって行くものさ。すると、その正しさが意味をなさなくなってしまうことは大いにあり得ることだ。往々にして頑固者だけが悲しい思いをするのだが、それは後から考えれば過ちだったとか、考え方が未熟だったとかそういうこととは全く質が違うことがらなのである。そんなとき、包帯のような嘘を何かに譬えて学者は世間を見たような気になりがちだが、真に受けとめていくべき思想の課題は、あの時点であれだけ多くの人間が信じていた理念の普遍性は、何処へ行ってしまったのか、このことを一体どう考えていけばよいのか、ということであるはずだ。
だが、ほいほい帰順することだけでやってきた洋太はどこまでも他人事なので(町奴的興味で行動したにすぎなかったから)、今は安直にも日本の伝統なるものに着地しようとしているようだ。こんなことを言ってるよ。
「保田(與重郎)の著作を読むと、戦後に生を享け、教育を受けた私たちが、いかに伝統というものから隔てられているか、決定的な欠損があるのかを思い知らされる。」だと。ただ資本主義のスピードに同調していくことだけを目当てにやってきた町奴風の、長い間のむなしい浮遊感覚のやっと落ち着く先が、日本的統合心情の虚構性への回帰であったとはな。でーじなさけないことだよ。洋太の敬愛してやまぬ保田與重郎は、戦後、「憲法上で最も大切なことは、祝詞式のいう暮らしとまつりごととの関係が何を根抵とし、どういう思想道徳を生み出すかということである。米作りと祭りを一つとした暮らしは絶対の平和生活である。支配とか侵略というものの発生せぬ生活である。」(「現代崎人伝」)などと呑気なことを言っていた。そこで言う「米作りと祭り」を根柢とした思想道徳とは天皇を現人神とする神道思想以外のなにものでもない。保田は結局、天皇制国家が平和をもたらすという戦前からの伝統的理念を喧伝しているのだ。日本の戦後の「平和」というものが、アジアからの収奪、経済侵略を通じてもたらされたものだという「現実」が見えない。虚構でしかない日本の伝統なるものの欠損を嘆く前に、そこからはじかれ、あるいは抑圧され、犠牲となった形にならないもの、歴史の暗部に埋もれ朽ち果てているであろうものをこそ思え、と洋太などには言いたいところだ。
「詩の死」とは?
ところで、〈「詩の死」をめぐる感想〉である。この「詩の死」なるタームは、現在詩の情況的指標になっているのだが、人によっていささかおもむきが違うようである。洋太の場合は単に表層の現在詩が詩的喚起力を無くしてしまった空疎な状況を言っているにすぎない。その意味でなら、今に始まったことではなく、二十年前からそうだったと言えなくもないだろう。「現代詩手帖年鑑」を眺めればわかる。洋太のような腑抜けた文やくだらない詩があまりにも多すぎた。だが、読める編集者だったら、それに収録されていた詩の殆どは没にして、他のものと差し替えただろうけどね。具体的に今は名を挙げることはしないが、「詩の死」などという安直なタームをぶっとばすほどの勝れた詩は確かに書かれてはいるのだから。一方、瀬尾育生の場合は、より情況の深層に届かせようとするおもむきを持っている。「なぜ詩は死につつあるのか。世界感情が死につつあるからであり、詩が世界感情を駆動力にしていたからだ。」(「詩は死んだ、詩作せよ」)と明快に述べている。〈世界感情とは、世界観や世界的な理念の構築と軋みあうことによって世界的なひろがりをもたされた感情のことであり、「世界観」とは、コミュニズムやファシズムなどのかたちを取って人間を数十万単位で収容所へ送り込んだ、今世紀前半に固有の観念形態のことにほかならない〉とも述べている。よって来たるところは、洋太とも共通する「理想主義」の解体した現在の寄る辺なき浮遊する精神である。だが、「伝統」などという安直な所へ着地しようとする洋太ほど愚かしくはない瀬尾のほうがより、シニシズムに染まっているのだ。瀬尾は、着地することのない浮遊そのものを選んだのだ。どこまでも現在を追認していくこと。資本主義の変遷するスピードにただ同調していくこと。だが意地悪な言い方かも知れないが、享順を示すその姿勢も瀬尾の「世界観」に基いているのだし、その不透明な海を漂うような感情も、ほかならぬ現在の「世界感情」であったということさ。
冗談じゃないよ。そんなくだらない理由で詩の死を退嬰的に語るな、むしろ詩のあらたな可能性を示すべきだ、とでも瀬尾のようにおりこうさんではないわしらはとりあえず言っておこう。ようやく瀬尾育生論のとば口にさしかかったようだ。(以下次号の予定)