「パーマネント・プレス 7 1993年10月19日発行」
文学
パーマネント・プレス 7 1993年10月19日発行
記事内容
詩集情報■坂井信夫「それぞれの九〇年代」
詩誌情報■阿賀猥「阿呆い苦悩を生む『正しい』暮らし」
連載B■石川為丸「空白を流れる抒情」
詩■井元霧彦「桃太郎さんからの手紙」 坂井信夫「冥府の蛇 27」
「現在詩人」批判 吉田文憲の巻
空白を流れる抒情 (上)
石川為丸
今さらの、ディスカバー・ジャパン=日本探しの旅
この世期末における現在の「四季派」の動向について、わしらの、未成の詩をさぐっていこうとするうえでのアポリアを鮮明にしていくための反面教師として、批判的に検討してみたい。吉由文憲(46)の詩である。本質的に、「四季派」の抒情ではあるが、もう少し現在詩のありかたに目配りを利かせるのに怠惰ではない。よくがんばってはいると思う。
降りしきる灰
この火山の土地に
単調な線となって
この湖畔の街に
もっと遅く
( もっと早く…)
薄明の闇 行方不明の
(「秋の旅」より)
いまはそのどくろの眠る土地のうえを鉄路が軋り、
雨に煙った家々から
炊飯のけむりが流れている。
ワレモコウの草で唇を切り、ペッとツバを吐いた川原に
わたしはそうしていつまでも停ちつくしていたが
…………………………………………………………………
早い秋の葦原に
散弾銃がひびき、
(目覚めれば)
北枕から
母の霊気が忍び寄る。
(「北枕から」より)
「夢はいつもかへって行った 山の麓のさびしい村に」ということだ。松本健一は、〈吉田文憲の『花輪線へ』が送られてきたとき、わたしは直観だけで、ここにある詩は懐かしい、そしてその懐かしさは退行性をもってもいる、といった批評的な便りを出した。〉と書いている。それに続けて、〈現在の抒情の「根」が過去の故郷の「自然」と同化してしまうとき、かつて故郷を捨ててきた自分は忘れられてしまう。(略)「近代」を獲得した、いいかえれば「近代」へと走りさった自己が忘却されるとき、そこに謳われることばは退行性をもつだろう。そして、その退行をもった言葉に自己を同化させることは、吉田に安心感を与えているはずである。その言葉と自己の濃密な関係は、他人では作りだせないからであり、また他人が侵すことのできない領域だからである。〉と、作者の詩集創作の意図にそった親切すぎるほどの批判を展開している。また、四方田犬彦は公開を前提にした手紙で、〈君は物語を必要とし、物語を媒介として心の平安を得たいと望んでいる。〉と、書いている。いずれにしても、「安心感」「平安」という語句が示すような所へ向かっているというのが、吉田文憲の詩集を読んだ者の共通の読後感であろう。求められているのは、他者へ開くことのない彼にだけ居心地のいい自己完結の世界なのだから。〈自慰にふける空――、七階の窓から飛ぷ火玉。〉(「半睡の日々」より)
彼の過度のナルシズムは、関係のない読者にはいささか食傷気味になってしまうほどの「自己物語」を創作することに意欲的である。たとえば、詩集の裏表紙にまで、自分の幼少年期のあれやこれやを書き記したりするのを始めとして、「1972年、早稲田大学卒業。と同時に(いや在学中から)放浪と放蕩のはじまり。」なんて書いてみたり、「経験した職業は…」といったことから、新劇女優のだれそれと結婚、とか、そんなことまで自分をよくさらしてくれている。彼のこの「自己物語」創作欲求は、詩においては、幼少年期を過ごした土地の風土を思わせるものを無節操に呼び入れている。懐かしい思いでの場所で、あたかも幼児期の原風景をのぞき込んだときみたいに退行しているのだ。
〈樹木がうっそうと生い繁った神明社の廃屋へ影のように/誘われてゆく。/そこではタベ、雨上がりに、稔和君とふたりとぐろ巻く/青蛇を見たのだ。//身をくねる、悩ましい/幻の/舌/が湿地を探り、/ちろちろ/白い首筋/にからみつく//(いやだってばー)/(黙らんせ、ね、ね、約束よ、ね…)/(しいっ、しいっ…)(だれか、来たど、だれか…)/トシカズ君、逃げるべ、逃げるべ。〉(「訪れた日に」より)
しょうがないなあ! お医者さんごっこに誘われて、「いやだってばー」と言うのに、稔和君に無理やり、なんかされたといったような幼き日の性への退行。そして、近親姦に誘う姉の登場である。
〈それは血を吸う蛭の輪の饗宴だった。着物の裾をめくり、/闇に桃色の明滅をおくりながら/わたしを誘い、/どんな場所へいくの、お姉さん!/壁の呼吸に、/崩れてゆく家の音を聞きながら。(「訪れた日に」より)
いずれにしても、誘われる受け身の性であった。どのようにしても、彼のエロチシズムは生きている生身の女の肉体には向かわない。
〈妻の声は明るくはしゃいでいたが、…………………………わたしはじ/めじめした笹藪を踏み幼い性をたどりながら、/彼岸の神明社を/めぐる御堂のあたり/自涜の/闇/へ/駆け込みたい/衝動を/けんめいに/こら/え/て/い/た。〉(「訪れた日」より)
目の前に明るくはしゃぐ妻がいるのに、幼い性をたどり自涜の衝動を我慢したりする。彼の詩にはまた死姦願望というものが濃厚にあらわれている。そこでは相手が死んでいたり眠っていたり失神していたり、ただの人形のような物になっているようなときだけに、エロチシズムが成り立っている。現実から遮断された物質としての女になったときだけに感じるのだ。相手がゼロのときだけにエロチシズムがある。
〈溶けた人形はまるめろの甘/美な香りに酔い痴れて。眠るおまえ。踊るおんなの黒い/影。濡れた指さきから痒れる闇への誘惑は限りなく、/蠱惑を秘めた病巣へ。ドアは閉ざされ。//無力を養う秘めごとの、二重鏡の死のせっぷん。〉(「家なき子」より)
〈それから、木偶を抱き、白い涙をしたたらす壁、〉(「人の日」より)
〈そこでわたしたちは満たされぬ木偶の快楽に/身をゆだね、失神しただれの亡霊と抱き合っていたのだ/ろうか。〉(「消息*」より)
〈窓枠で祈りを捧げる白痴の貌、いまは冬空に焦がれて/悶えながらしだいに死体に近づいてゆく唇。〉(「消息**」より)
死体との交情だけが求められている。生きた肉体、生活している肉体に対しては不能なのであり、それは生きた人間同士の交通を持てないということなのである。彼に求められていた「自己物語」は他者の媒介を必要としない自己完結の世界なのだから。
したがって彼の詩が何を切り捨て何を詩的なものとして考えてきたかは明瞭である。言葉を現在からたえず遠ざかるように行使すること。詩的な体験が現実の世界をもう引っ掻けなくなったように感じられるから言葉だけの世界へ逃亡してきたのだ。せっかく逃亡してきたのだから居心地のいい安定した世界が望ましいというわけだ。自己自身の感受牲にあらかじめ枠組みを拵え、それにかなう言葉を巧みにちりばめるだけで彼の詩は成立してしまう。