「パーマネント・プレス 6 1993年7月6日発行」
文学
パーマネント・プレス 6 1993年7月6日発行
詩誌情報 石川為丸
天皇制を追認していく
城内平和の「現在詩人」 (下)
安全を保障された「虫」
瀬尾は、「(藤井は)苦しんでいる存在、強い否定的な情感を凝縮させている存在に、直接現在にひびく声で語らせるという驚くべき話法を駆使してみせた。」と持ち上げているが、本気かと疑う。そのどこが直接現在にひびいているというのか。苦しんでいる存在への冒涜しか、わしらには感じられない。あんたは何なのよ! ということだ。安穏に暮らしている大学教授としての自已のあり方を一切問わずして、苦しんでいる人たちの身になったつもりで語っているところが、藤井の詩の気持ち悪さの理由なのである。やっちゃあイケナイコトをやっちゃっているのだ。藤井はじつは「主体を信じ、主体の連続性を信じて」いるからこそ、校門圧死の女子校生を、八十二才の老人を、ランボーふうの男娼を、霊を、物語を、俺やワタシやわたくしやぼくを統御して、「大切なものを収める家」に纏めることができたのさ。そこでは教授として安穏な日々を送っている藤井の主体は無傷なままなのさ。
〈黄砂の河が流れていた、一九七〇年の春、/造反教官は戦う、菅谷規矩雄と、天沢退二郎と、その恋人たち。〉(「変わらない夢」冒頭)
このよれよれは何だよ。中島みゆきの歌にあずけておのれの過去も現在も問わずにやり過ごす。菅谷のように大学の授業をほったらかして、解放大学でもやってごらんと言いたいくらいだぜ。瀬尾の方は逆にもっと「自由」になってもいいんだけどね。なぜなら、瀬尾こそが主体も、その連続性もすでに信じられなくなっているはずなのだから。ベトナム戦争や反安保は切実に感じなかったが、大学闘争は切実だったという、「樹が陣営」9での発言が本当なら、その「大学解体」を標榜したはずの主体と現在大学で教授をやっている主体はどのように連続しているというのか。湾岸戦争詩を書いた連中に対して「かつてないタイプの戦争を前にして、それに拮抗し得るまでに自らの詩の言葉の質を鍛えようとしているのか」等と激しく告発した主体と、その翌年になってから、「湾岸戦争もソ連東欧問題もじぶんにとってぜんぜん切実じゃない」と告白した主体の連続性はどうなっているのか。はっきり言って、そこに連続性はない。なぜなら、「虫」に主体などないからだ。彼は「湾岸で虫のように殺されてゆく人々とまったく同じようにわれわれもまた虫だ。」(湾岸戦争詩にふれた瀬尾の発言)と考えている。「……戦争は圧倒的に荒れ狂う摂理の世界にほかならない。それはたんに戦争の現実ではなく、そのままわれわれの現実の構造そのままなのだ。」と発言している通り、彼は現実の構造を「摂理の世界」とみなしているので、人はどんな悲惨な現実に対峙してもそれを改変する方途を持たず、ただ虫のように受け入れる他はないと考えているのだ。ある種のシニスムだが、「人間」の展望それ自体を廃棄、没落させた気楽さはある。
だが決定的な違いは、こちらの虫は殺されもしない安全を保障された帝国主義大学の机に向かっていられるということさ。城内平和の構築。保障された現在をそのまま保守していこうとするある種の政治意識。闘争放棄。なぜなら現実の構造は摂理の世界なのだから。そのまま。なるがまま。
〈勝利すべきでも敗北すべきでもない。おまえは/ただ遂行すべきなのだと。〉(瀬尾育生「労働者」)
瀬尾の行き着くところはいつもここである。「日本語が笑っている」で瀬尾が一所懸命に言っているのはこういうことだ。〈藤井はその詩集「大切なものを収める家」で主体を移行させ融合させる日本語の怪物的な生理を駆使しその可能性を開ききった。だがその主体の移行・融合のただなかでそれらの口を借りて「倫理的な主体」を復活させている。それは天皇自身が国民の総意という口を借りてかたっている日本国憲法と同じ構造を持つ。こうした「主格の移行・消失、発話者の非人称化…-」が現在、詩のさらされている普遍的な「状況」なのだ。では私(瀬尾)が積極的(?)に主張できることは何か?それは、そのまま耐えることだ。〉
笑っちゃうけど瀬尾の言いたいことはただそれだけだ。非人称的な空白にただひたすら耐えること。空白を空白のままにしておくこと。それが現在詩人のありかただ。
瀬尾はもっと別の歩き方をして道に迷う必要があるのだ。思い出しなさい。
〈ある都市の中で道がわからなくなることは大したことではない。しかし、まるで森の中で道に迷うためには、習練がいるのだ。そんなとき、街路の名前が、まるで乾いた枝がポキリと折れる音のように、迷える者に語りかけねばならないし、都心の小路が、ちょうど窪地にうつる山影のようにはっきりと、彼に一日のうちの時刻をうつしだしてみせねばならない。のちになって、わたしはこのような技術を取得した。〉(ベンヤミン「ベルリンの幼年時代」一九三三年)
たとえばここにのべられているのは、ある特別な歩行、習練されるべき技術としての「道に迷うこと」だったのではなかったのか。意味をなしくずしにする自堕落で底無しの「背後の笑い」の背後を笑ってやればいいのさ
天皇を過信する「犬」
さて、リレーの第二走者吉田犬憲の「“岩蔭”の変身」(3月号)は、瀬尾の文のような不快な感じはしない。大いに笑えた。〈「のる」言葉、「のろう」言葉、いま手許にある古語辞典を引けぱ、「のる」には「宣る」「告る」「罵る」等の漢字を当てはめることができる。〉と例のごとく馬鹿の一つ覚えよろしく暇にまかせて語源捜しから始めてぐだぐだと原稿量を稼いでいる。「鳩よ!」と違って原稿料が安いから大変だ。笑えるところは四〇も半ばのおやじが大まじめで、やはり藤井の詩について、〈この行頭に文字通り頭を連ねた「ウラー」の連祷(飼いとなかいの出現)はこの詩のみならずじつはこの詩集全体を或る神がかりした状態、或る憑依空間へ導くための呪文の掛け声にもなっているのではなかろうか。〉なんて書いていることだ。そう簡単に「詩集全体」が神がかりになんてなりますかっての!(笑)本気でそんな掛け声で「憑依空間」なるものに導かれると思ってんのかなあ。もしかしたら天皇のことも生き神様だなんて信じてるんじゃないの?(笑) だが、笑いですませられるところはいいが、「かつて例えばあの“ミコトモチ”と呼ばれたもの、この媒介性の場所で空虚な記号のように明滅するあの《天皇》こそがじつは最大のヨリマシであり、ヨリシロなのだ。」というような思い付きに対しては、はっきり批判しておこう。冗談じゃないよ。吉田の時代錯誤は笑いですませてはいけないと思う。現在を生きるわしらにとっては、天皇が「ヨリマシ、ヨリシロ」なるものであるなどとはとうてい考えられないし、過去においても同じことだ。きっと吉田にとってのみそうなのだろうけどね。机上の思い付きとは違い現実は重い。一九四五年三月十日の東京大空襲直後の戦災地への天皇行幸に同行した侍従武官吉橋戒三の回想文が今、手元にあるので紹介してみよう。余計な説明はいらない。それだけで、「天皇=ヨリマシ、ヨリシロ」という吉田の思い付きはぶっとんじゃうだろう。
〈焼跡を掘り返している罹災者のうつろな顔、うらめしそうな顔が、お辞儀もせずに(天皇の)御者を見送っている。(中略)罹災者達は、陛下を恨んでいるのか、それとも虚脱状態でただボーっとしているのか〉(『侍従武官としてみた終戦の年の記録』)
わしらが「主権在民」「人民主権」の本来の精神にたちもどり、天皇制廃絶を世紀末的課題にしていこうとするとき、吉田などの時代錯誤的な天皇への過信の表明は出鱈目な思い付きの水準であるにせよ、逆に天皇制を補完する機能を果たすことになる。もう少ししっかりしなさい。
リレーの三番走者、稲川方人の「私は人として最低である」(4月号)は、安穏と暮らしている自己を保身するもの以上のものではないので言及するに足りない。もう少しがんばりましょう。
沢口信治、瀬沼孝彰編集の「HOTEL 16」では、野村喜和夫の近況報告文が面白い。彼は、前橋駅前のAPビジネスホテルで朝っぱらから自涜をして、暇潰しにドゥルーズの「記号と事件」を読んで詩についての心地よげな言説を得て喜んでいる。なんとも反ドゥルーズ的な男だな。背後にある実践的、社会的な状況と噛み合いながら生き発展してきたドゥルーズの思想を、切り離してテキストそのものとして読んでしまう。読み方の日本的ディスクール。「発見と発明26」は望月苑巳の「青春の穴ぐら」という甘ったらしい思い出の詩人交遊録が無かったらとてもよかったのに、残念だ。その甘さが「吉田修さんは『ノッポ』の同人でその数年前に『贋ランボー記』という好評な詩集を出していた。」なんてことをやってしまうのだ。その詩集の著者は「吉田義昭」が正解であると、田中勲編集の、装丁がとても立派な「えきまえ28」の「えきまえ時評」で指摘されている。ただ、その「青春の穴ぐら」のエピソードで面白かったところは、彼が新しい同人誌創刊のためにメンバーを集めた際に、創刊のための主旨、姿勢を決める段になって吉岡良一が「納得できない、創刊する意味がない」と言ったのを始めとしてその企画が空中分解してしまったというくだり。わしなどは、そういう原則を通そうとした若き日の吉岡に好感を持ってしまうね。吉沢巴は「蓮の根のように水面下で繋がりあっている」この世の複層的な差別の構造について率直な指摘をしていて、大いに共感できた。吉沢孝史はここに「傘」を発表している。ほかに、「gui15/38」に「大屋根小屋根」を、奥村真らの「季刊パンティー」4に「宝船」を発表して、しぶとく狭山差別事件に迫まっている。この「パンティー」で、てらてら「浮遊する私」を書いている根石吉久は飾りのない語り口でわしら読者をにんまりさせてくれるが、最後に、小和田雅子と宮崎勤を並べて「どのような明るさがどのような暗さを踏んづけてきたのだろう。あるいはどのような幸せがどのような無感覚を閉じ込めてきたのだろう。」とこの世のありかたにせまっている。依田紘祐らの「魔笛」3がやっと出た。遅れていた理由がよく分からない。編集者の仕事が忙しくなったからなんて書かない方がいい。坂井信夫の、一昨年の夏以前には書かれていたはずの連作「冥府の蛇2」がやっと掲載されている。これは満州篇のものだ。すでに鈴木比佐夫編集の「COAL SACK」16には、「冥府の蛇24」が掲載されている。戦後を生き延びてきた「蛇使い」の濃密な異和の風景を突出させている。佐川亜紀の「キュロットスカートとパゴダ公園」は、歴史を真摯に見つめ直すがゆえの居心地の悪いソウル旅行だ。黙示録14では13号掲載の八重田和久の「情炎論」に対して岩田すみ子と篠田治美が女性の側から反撃していて興味深い。八重田の再反論が待たれる。「ギャザ」9は加納洋一、由木しげるらのオールド・ファッションド・ラプ・ソング。あとは瀬沼孝彰の「ガレージ・ランド」3、樋口武二の「メディァ」6/3などが印象に残った。