「パーマネント・プレス bP 1992年3月21日発行 」
文学
パーマネント・プレス bP 1992年3月21日発行
記事内容
詩誌情報 天皇制を追認していく 低迷する「現在詩人」■石川為丸
詩集情報 手放せない原郷■小沢克巳
詩■若井信栄「消息」 坂井信夫「冥府の蛇 8」 亀田道昭「登校拒否宣言」 吉沢孝史「逃げ水」
詩誌情報 石川為丸
「統合」へ向かう空虚な魂
吉田文憲批判の始め
「現代詩手帖」(12月年鑑)は、「現在詩人」のなさけないほどの低迷ぶりをよく示す、サンプル集になっている。……(略)……
「“ディスコミュニケーション"という場所」と題された吉田文憲の、思いつくままに書き連ねたような題名そのものという印象の文については、まともに対応するのも消耗な気がするんだけど、「現在詩人」がどんなになさけない状態に落ち込んでいるのかを見ていくということで、「反面教師」としての価値ぐらいはあるかもしれないので、まじめに対応してみる。この人の文は、どうにでもとれる仲間ぼめの他は、自己の天皇制信仰を述べているだけのものなのだな。
吉田は、この国の無条件降伏を頭上にいただく「天皇制民主主義」というものを、「白昼の秘儀にも似た」擬制の「物語」として許容したと、自ら述べるところまで来てしまっている。それは、現在の、「世界」と人間の関係上の理想が挫折した後、もう誰も「世界」の全体的な必然性を超えられないという諦念によって色濃くふちどられている、この国の今の時代感情に規定されているはずである。吉田は、「われわれ(吉田など)のどこにも至り着かないこの地上での彷徨がもはや自明のものとなった」などと何の抵抗感もなく述べている。
このように、吉田などが、超出の不能感覚から、日本的統合感性の虚構性へもろ投身してしまうような心性に傾斜していくことは、もう必然の道筋であった。彷徨する魂の空虚が天皇制を求めてしまうということだ。
(略)瞬聞、疼くような痺れるよう/な快感が私のからだを貫いた。テーブル の向こうにいくつもの白い/顔が浮かんでいた。/私はうっと呻いて射精した。 ――離れた壁からは水がポタポタ滴っていた。私の瞳の中で疾走するものがあ り、私/は空中で壊れていく影のように身悶えていた。(略)(吉田文憲「途 上」・現代詩手帖1月号より)
吉田の詩に流れるこの気持ちの悪い「抒情」は、彷徨する空虚な魂を統合へ向かうことで仮構のうちに救う、言わば自我の救済の形なのだ。吉田は、〈われわれがかつてラディカリズム≠ニ呼んだあの世界に対する異和や「否定性」によって生きる意味を見い出していた場所などもうどこにもないのだ。〉なぞと嘆息する前に、自分の七〇年代の生がラディカリズム≠ヌころか実は早稲田の革マルの学内一元支配の元で、しょうがないから何もしないで日和っていただけだったのだとか、去年の二月は仕事を十日以上も休んだので経済的に逼迫していたために金が欲しかったので、欺瞞を感じたにもかかわらず「鳩よ!」の編集部によって与えられた主題を、「現代詩手帖」の十倍も原稿料をくれるからと受け入れて、無節操な「湾岸戦争詩」を書き散らしたことであるとか、むしろそういう自分の存在の基盤を見据えた上で、思想を構築していくべきではなかったのか。(以下略)