あの奥崎謙三が亡くなったのだそうだ。今日の夕方、以前から加入しているメーリングリスト「pmn-ml」に坂井貴司さんが投稿されたメールを拝読し、訃報を知った。「転送・転載歓迎」とのことなので、以下引用させていただく。
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ドキュメンタリー映画「ゆきゆきて神軍」に出演し、太平洋アジア戦争中に、旧日本軍が犯した戦争犯罪(捕虜処刑。住民虐殺、人肉食)をたった一人で追求し続けた奥崎謙三氏が、6月16日、神戸市で死去しました。享年85歳。
「奥崎謙三さん85歳=「ゆきゆきて、神軍」に出演」(毎日新聞)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/fu/news/20050626k0000m060108000c.html
私は「ゆきゆきて神軍」を観て衝撃を受けました。自分の同僚や元上官宅に押しかけ、真実を話せ、戦場でお前は何をしていたんだ、と暴力的に詰め寄るシーンにショックを受けました。時にはとっくみあいまでしました。なぜ、そこまでするのか。本当に鬼気迫るものを感じました。
奥崎さんは亡くなる直前まで「バカ野郎!」と叫び続けていたそうです。
その罵声は、私にも向けられているように感じました。
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(以上、転載終わり)
「ゆきゆきて、神軍」は私も初公開の時以来、何度か観たことがある。
最初に観た当時、まだ私にはドキュメンタリー映画というものを観る習慣があんまりなかったこともあってか、単なる一本の「記録映画」を鑑賞したというくらいの感想しか持たなかったのだが、その後数日経つうち「ありゃ、いったい何だったんだ?」「あの男、本当にこの世に今も実在するのか?」という、何ともいえないゾクゾクとした、それまであまり経験したことのない快感に次第に襲われたものだった。
いま思えば、あの作品に出会わなければ私がその後、ドキュメンタリー映画にハマるようなこともなかったかもしれない。
もっとも、映画の初公開当時、奥崎は「この世」にはいこそすれ、「シャバ」にはいなかった。映画のラストシーンでも描かれているが、原一男監督らによる撮影が終わってからしばらくたった後、元上官に対する殺人未遂事件を起こして逮捕され、実刑判決を受けて服役していたのだ。
服役中には奥さんのシズミさんも死去。確か7〜8年前に刑期を終えて出獄してきた際には、映画を観て奥崎に心酔したという若い男性が身元引受人として刑務所に出迎えに行ったはずだが、その男性も直後には彼の素行に耐えかねて離れていってしまったと記憶する。
というのも獄中で「ゴットワールド」(神の国=正しく訳せば『ゴッドワールド』だが、本人はそう呼んでいたらしい)の建国構想に取り付かれた彼は、支持者の用意した白い軍服に身を包んで出獄したかと思えば、やはり支持者が持参した奥さんの遺骨を骨壷から取り出して刑務所のすぐ横で齧るというパフォーマンスを演じた挙げ句、新宿ロフトプラスワンで行われた出獄記念ライブでは深夜まで壇上でほとばしるように喋り続け、しまいにはトイレにこもって明け方までひたすら快気炎を上げ続けたというのだ。
さらにその後は、ロフトプロジェクトのプロデュースによりAV女優と共演するドキュメンタリー映画というかAV(?)に出演していた(これは私は予告編しか観ていないけど)。
森さんの「A」「A2」、そして最近では綿井健陽さんの「Little Birds」でプロデューサーを務める安岡卓治さんは「ゆきゆきて、神軍」では助監督として奥崎の行動を追い続けた。
監督の原さんによる映画の「撮影ノート」を読むと、映画のクライマックスとなるはずだった奥崎のニューギニア訪問(撮影後に地元政府によってフィルムを没収され幻の映像に)の際に奥崎と安岡さんがしょっちゅう取っ組み合いの喧嘩をしていた様子が描かれている。以前、安岡さんにその話を聞いたところは「ああ、あれ嘘ばっか書いてます」と澄ました表情で言っていたけど。
その安岡さんによれば、奥崎のニューギニアでの素行などから出獄後の彼がああいうAV方面へと接触していく展開は、ある程度合点のいくものがあったという。執拗なまでに戦争犯罪を追及していくあのアグレッシブな生命力は、老いてもなお旺盛な性欲と表裏一体のものだったということだろうか。
原さんにしてもおそらくそうだったのだろうが、安岡さんも奥崎謙三という対象については一回とことん付き合ったことで、ある種の見極めをつけた感じのようだった。もうウンザリしたという部分もあったのだろう。「まったく、すぐ目の前でツバを飛ばしながらよく怒鳴られましたよ」と安岡さんも苦笑していた(オウム取材の際、安岡さんのちょっとやそっとでは揺るぎそうもない腰の据わった態度には何度も感心させられたものだが、やはりああいう修羅場をくぐってきた人ならではの強さがあるのかなとも思う)。
とはいえ、あの映画の中で原さんや安岡さんたち撮影クルーを含めた大勢の人たちを巻き込みながら確信犯的な暴走を展開していた奥崎が、自らの行動の先に何を見据えていたのか。
坂井さんの上記のメールによれば、亡くなる直前まで奥崎は「バカ野郎!」と叫び続けていたという。その叫びはいったい誰に向けられたものだったのだろうか。
塀の向こうで長く暮らすうちに奥さんまで亡くし、最期は獄中から出たものの今度は基地外へ、という状況になっていたらしい奥崎だが、彼の目に「9.11」やその後の世界の混迷、そして日の丸・君が代やら靖国問題に相変わらずズルズルと揺れ続ける日本の状況がどんなふうに写っていたのか。その辺はせめて誰かがきちんと聞いておくべきだったのかもしれない(あるいはすでに誰かがやってくれているのかもしれないが)。
個人的には生前とうとうお目にかかることが適わなかった人物であり、臆病な私はたとえその機会が与えられたとしても尻込みしたんじゃないかとも思うのだけど、いざ訃報に接してみると、やはり一度会って話を聞いてみたかったかな、という気もしてくるところだ。
ちなみに私は目下、都内にある「日本の戦後史における重要な場所」(ちなみに靖国神社ではない)についての取材に協力してくれないかという依頼を、知人から受けている。これも不勉強ゆえ、最初に話が来た時には少々腰の引ける部分もあったのだけど、かくなるうえは少し勉強したうえでトライしてみるべきかもしれない。

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