ドミネーター襲撃IF 前編

  | 投稿者: 月華守屋

霊能探偵ルナ&サイコの凌辱物です。
単行本に収録されている「ドミネーター襲撃」のIFものとして書きました。途中までは単行本内の描写が続きますが所々異なり、最後は完全に別物になります。

前編です。




 霊能探偵。
 警察の捜査では突き詰められない謎に対して霊能力を駆使して、犯罪解決へと導く探偵が存在する。
 彼ら彼女らは普段の人間達と交わることのない裏家業の人間。警察の人間もごく少数しか知らず、その少数がどうしても解決できない事件か、時間をかけていられない事件に対して動く。
 その霊能探偵の中でもトップクラスの二人組がいた。
 鬼龍院ルナ。神園祭子。
 まだ少女から大人に変わったという年齢でありながら、ルナは銃器の扱いと格闘力に特化しており、サイコはサイコメトリー等の霊能力の精度は日本に現存する同業者に影を踏ませないほど突出していた。

 この物語は、二人のトップクラスの霊能探偵が破れ、堕ちるまでの物語である。


 ――日本 奥飛騨山中。
「ずいぶん山奥ね。ほんとにここなの?」
 車から降りて早々に呟いたのは、黒髪の女だった。長髪を首の後ろから細くなるように結び、腰付近まで垂らしている。目元にかからない程度に伸ばした前髪の下には強い意志を感じさせる透き通った瞳。顔立ちは女性よりも男性に近い凛々しさを持っていた。薄い青色のジャケットと同色のスラックスにブーツ。ジャケットの下には黒のシャツを着ており男らしく見えるが、胸の膨らみは女性としては目立つほうで、彼女はやはり女だと分かる。
 女――鬼龍院ルナは周囲を一通り見回すとため息をつき、携帯電話の画面を見る。予想したとおりに電波は圏外を示していた。
「途中まで案内していた駐在さんの言うとおり、ここは鬼取村で間違いないようよ。十年前までは」
 車から出てきたもう一人の女が指さした方向をルナも見ると、崩れかけた木の板に『鬼取村』と書かれている。見る影もないが、看板だったのだろうとルナは年月の長さを感じていた。村に人の気配は全くなく、秋の赤色を備えた木々だけが風を受けてなびいている。風の音以外は無音の世界に、自分の心臓の音が外に出てきそうだと考えながらルナは口を開いた。
「サイコ。何か感じる?」
 ルナはジャケットの懐から封筒を取り出しながら尋ねる。
 サイコ――神園祭子は返答せずに目を閉じて意識を集中し始めた。
 男性らしいルナと対比するように、サイコは女性らしい顔立ちをしていた。髪の毛は色素が薄くルナよりも長く艶やかで、頭部にチェックのリボンで結んでポニーテールにして背中に流している。少し丸みを帯びた顔は美少女と呼ぶに相応しい容貌。
 薄い桃色の着物をリボンと同じチェックの帯でまとめている。移動するには不向きであるが、元々霊能力で探知、調査することが主であるサイコにとっては精神集中にストレスのかからない、慣れている着物の方が都合はいい。逆に、ルナは戦闘を任されているために自然と動きやすい服装を好んでいた。
(鬼取村。十年前に廃村、か。どうしてこんなところに呼ばれたんだろう)
 ルナはサイコが結果を出すまでの時間を潰すために、封筒に入っていた紙を取り出す。折られて閉じていた紙を開くと、そこには震えた筆跡で彼女達への依頼が書かれていた。
 手紙の内容は、佐伯丈一郎という人物が息子のタクヤと共に恐ろしい者達に追われているため、潜伏先である鬼取村まで助けに来てほしいという内容だった。
 追っている相手は警察でも軍隊でも止められない者達であり、保護を求めれば余計に被害を増やすかもしれない。どうしようもないと諦めかけた時に、丈一郎は以前に噂で聞いた霊能探偵ルナ&サイコの事を思い出して助けを求めたという。
(私達はあくまで霊能探偵、なんだけど……私達が何とかできるってこと、なのかな)
 既に依頼料が振り込まれていること。サイコが手紙から危険を感じ取ったことから訪れたが、もしも手紙の通りに警察や軍隊でも勝てないのならば、ルナとサイコでもどうにもできない可能性が高い。ただ、自分達のネットワークを使って保護できるかもしれない。それまでの護衛と考えれば何とかなるとルナは考えていた。
「あの建物」
 ルナが一通り手紙を読み直したところで、サイコは目を開けてから一つの家屋を指し示した。周囲には、今の日本に現存しているのは少ないであろう木造建築平屋で藁葺きの屋根の家。ほぼ同じで見分けはつかないが、示した家屋は密集している場所から離れており、すぐに分かる。
「誰か、いるわ」
「よし。行こう」
 ルナはサイコよりも前に出て歩き出す。いつでもルナは最前線で。サイコが後方支援という隊列が身についているからこその自然な動作。
 ルナはジャケットの中にある銃にいつでも手を伸ばせるように、周囲を警戒しながらも早足で進んでいく。それでもサイコとは離れすぎず、サイコのほうを先に襲われても助けられる距離を保ったまま。
 特に妨害を受けることもなく目的地に着いたルナは、横開きの入り口をゆっくりと開ける。長い期間放置されていたからか、家が歪んでいてしっかりと開けるには全力で開けるしかない。耳障りな音を立てて開いた先の光景をルナは集中して見回す。玄関のすぐ横には空の大瓶に空の靴入れ。上がった先には灰の上に埃がかぶった囲炉裏。床には所々、天井から落ちてきた梁の一部が散乱していた。
(誰も住んでいない……でもサイコの霊感は確実)
 ルナはジャケットから銃を取り出すと、ゆっくりと進入する。サイコには身振りでこないように促すと屋内を進んでいく。何かの荷物が入っていたのか、空の木箱がいくつも積み重ねられ、置かれている。家の形状を取っていなければ倉庫と勘違いしたかもしれない。だが、箱がある分だけ視界が遮られているため、隠れるには最適な場所とルナは考える。
 その時、ルナの視界の端に一瞬だけ影がよぎった。
「誰だ! 出て来いっ!!」
 タイムラグはほぼなく、ルナは影が隠れた先に移動して銃を向けて構えた。箱に寄りかかるようにしてうずくまっている人影に一歩近づくと、隠していた顔を向けてくる。その表情が見えると共に姿形もはっきりとしてきて、ルナは少しだけ緊張を緩めた。
「……子供?」
 銃を向けられた子供は透き通るような白髪と白い瞳を持っていた。何日も着替えていないのか泥に汚れたセーターとジーンズを穿き、冬用の靴を履いている。まだ秋から冬に変わるにはしばらく時間がかかるため、季節の先取りをしているわけではない。
 ルナは、目の前の少年が長い月日を隠れ続けてきたのだと理解した。
「ぼく……ひょっとして、佐伯タクヤ君?」
 子供はルナの問いかけに黒い瞳を怯えに揺らめかせながらも、頷いた。
(あれ、目の色……黒だっけ? まあいっか)
 かすかな違和感も、目の前で箱と箱の隙間に挟まったまま震えている子供の正体が分かれば些細なこと。ルナは銃をジャケットの内側にしまうとゆっくりと左手を差し出して、できるだけ怖さを与えないように優しい声音で告げた。
「よかった。私はね、鬼龍院ルナ。お父さんに手紙をもらってきたのよ。出ておいで?」
 更に一歩手を差し出したところで、タクヤは泣き顔のままに右手を振るう。虚を突かれたルナは左手にタクヤの腕が当たり、一瞬鋭い痛みが走った。
「いででで!?」
 慌てて左手を引いて甲を見ると、爪で引っかかれた痕がついていた。長い逃亡生活の中で爪を切る余裕すらなかったのかもしれない、とルナは怒るよりも先に不憫さがこみあげてくる。
「怯えているだけね」
「サイコ……」
 合図は送らなかったが、入ってきたサイコが背後で呟く。サイコを一瞥したルナは、改めて両手を差し出しながら笑顔を作って言った。
「怖くないからね。出ておいで?」
 男勝りのルナではあるが、綺麗な服や可愛いものが好きという普通の女性と変わらないところもある。特に命のやりとりをすることが多い彼女は、普段の生活では癒しを求めていた。子猫や子犬。ケージの中にいる小動物などに目はなく、オフの時はペットショップも散策する。
 今回も怯えたタクヤに向けて、小動物を可愛がるような心地で言葉を送った。するとタクヤは怯えた表情を崩さないまでも、警戒心を薄れさせて箱の隙間から出てルナへと近づいていった。
(ふぅ……動物をあやすみたいね)
 ルナはしゃがんだまま移動してきて、目の前で見上げてくるタクヤに尋ねた。
「どうしてこんな場所にいたの? お父さんは?」
「悪い兵隊が襲ってくるの」
 タクヤは顔をひきつらせながら呟いた。再び怯えが大きくなるが、逃げ出すことはせずに、声を震わせながらも口にする。
「パパが、オトリになるから、隠れてろ、って」
 タクヤの瞳から急に涙が溢れだし、頬を伝って落ちていく。赤くなった目元から強い視線がルナとサイコに突き刺さり、二人はその場に縫い止められたように動けなくなった。タクヤは心の底から叶えたい望みを口にしていた。
「お願い。パパを助けて! パパが、殺されちゃう!」
 涙を流し続けるタクヤをルナとサイコは無言のまま見下ろしていた。

 * * *

「あったよ、データ。佐伯丈一郎博士。医学博士。専門は大脳生理学遺伝子工学」
 ルナは散乱していた木々を置いて火をつけた囲炉裏の前で、ノートパソコンを開いていた。通常なら電波塔が近くになく圏外である村ではネット環境はない。しかし、遠く離れた電波塔からでも電波を拾ってネットに繋げられる特殊な改造を施したもの。電波が遮断されている施設内でも、場合によっては受信できる優れモノだった。囲炉裏の向かいに座って瞼を閉じていたサイコは、立ち上がってルナの隣に移動する。既に夜も更けて人の温もりを失った廃村は、一晩過ごすには厳しい寒さで包み込まれていた。火を炊いていても、人の温もりを求めてサイコはルナに肩を密着させるように座った。
「ちょ、サイコ」
「いいじゃない。タクヤ君もそうしてるし」
 サイコの言葉にルナは背後へと視線を向ける。
 タクヤはルナの背中から、腹部に腕を回して抱きついていた。後で聞くことができた話では、何日も村の中に一人で隠れていたという。いつ見つかるか分からない緊張の中で過ごしてきた後で父親とも離れてしまい、必要以上に人との触れあいを求めているに違いないとはサイコの談。ルナとしては離れて欲しかったが、邪険にもできずにそのまま抱きしめさせていた。
「裏ネット最強の情報屋カリフのデータベースならあると思ったわよ。名前は簡単に検索できないようになってたけど、タクヤ君の話を元に当たってみたってわけ……って、サイコ?」
 自分の検索技術を語っていたルナは、動きを止めたサイコの視線を追う。サイコが見ていたのはパソコンの画面。佐伯丈一郎の検索結果だ。ルナも後を追うようにして、言葉にしながら読み進める。
「5年前。アメリカ陸軍ネバダ戦略研究所の事故で死亡……? まさか……」
 情報屋カリフのデータベースは人物の現状を90%把握できているとされている。ルナ達のような裏家業の人間が好むのは情報の正確性であり、カリフのデータベースはニーズをほぼ完全に満たしていた。これまでも潜伏地域などリアルタイムで変わるような情報なら違っていたことはあるが、少なくとも生死の情報は違っていたことはない。
「どういうこと……? 死人からの手紙って、こと?」
「普通に考えれば、データベースが間違ってるってことでしょうね。でも……情報屋カリフの情報網を持ってしても生きている事を確認できないなんて」
 サイコは着物の内側に冷や汗が浮かぶのを止められなかった。
 本当に死んでいるという可能性も霊能探偵の案件としてはあることはある。だが、死人は手紙を出すことはない。よって可能性としては佐伯丈一郎を語る偽物が手紙を出したか、情報が偽物で生き延びているか。その選択肢も、タクヤの証言を信じるなら後者のみとなる。
 そこまで存在を消して、いったい佐伯丈一郎は何から逃げているのか。
(――なに? この気配は!?)
 佐伯丈一郎について考えていたサイコは、脳裏に直接響く甲高い音に壁の方へ視線を向けた。危機を告げる予感は壁に大きな影を見せてくる。囲炉裏の炎にあぶられて浮かぶ影の根本を追っていくと、ルナに抱きついたままのタクヤがいた。タクヤはルナの背中に頬をつけて目を閉じている。サイコはもう一度壁を見ると、シルエットはただの人間の影になっていた。
「どうしたの、サイコ?」
「……大きな、犬か、獣……? そんな感じだったんだけど……」
「霊感?」
「はっきりしないわね。気のせいかもしれない」
 サイコは霊感を制御して、必要な時に発動することができる。だが、ごく稀に強力な思念や気配を受け取ると当人も気づかぬうちに発動することがある。それはいわゆる第六感や、嫌な予感としてサイコに生まれ、これまでも危機回避に役立ってきた。だが、現在感じている予感は本当に危機なのかサイコには曖昧だった。まるで幻を掴むような手応えのなさがあり、本当に存在しているのかしていないのかという迷いは過去を遡っても今が初めてのケース。
「……よし。何か不安だってことね。外の様子を見てくるわ」
 ルナは丁寧にタクヤの腕を外すと立ち上がる。ジャケットから銃を取り出してゆっくりと入り口に向かおうとするルナに対して、タクヤがまた声を震わせて言った。
「おねえちゃん……僕、も、つれてって。パパのために、悪い兵隊、やっつける」
 怯えたままでも父親のために戦おうとするタクヤの姿に、ルナは胸の奥がジンとする。冷静に考えれば、連れて行って敵に遭遇すれば足手まといになる確率は高い。いざという時に息子が邪魔になって父親を助けられないとなれば、ルナもタクヤも後悔するに違いない。
 それでも、怯えたことで涙を流す瞳に強い意志の光を感じ取ったルナはため息をついてから言った。
「分かった。ただし、明るくなってからよ」
「そんな……」
 ルナの言葉にタクヤは喜びと悲しみが混ざったような顔になる。だが、ルナもしっかりとタクヤの目を見て、厳しい口調で言い返した。
「遊びじゃないの。あなたが足手まといになって、パパを助けられなくてもいいの?」
 ただ邪険にしているわけではないということが、ルナの口調から読みとれたのかタクヤは落ち込みながらも反発はしていなかった。想像以上に察しやすい子だと考えたからこそ、ルナも一人の人間として真面目に向き合い、話す。
「明るくなってもパパが来なかったら、連れて行くわ。もちろん、その時でも勝手な行動はしないで、私の言うことを聞くこと。それが条件。だから今はサイコと待っていて」
 光源がない中で戦闘能力がない人間を守りながら戦うのは至難の業。しかし、日が昇った時間帯でかつ視界が届く範囲にいるならば、何とかできるはず。あくまでも、危機になれば自分に任せて逃げろという前提だが。
「……分かった! 約束だよ!」
 たとえ望んだ結果ではなくても、父を助けるために何かができると言うことが嬉しいのか、タクヤの表情は出会った時と比べて明るくなっていた。ずっと誰かから逃げ続けてきたのだから、心を休ませる余裕もなかったに違いない。もしかすると、このひとときがタクヤの心を癒しているのかもしれなかった。
「じゃあ、行って――」
『ルナっ!?』
 タクヤを諭したことで今度こそ外に出ようとサイコに顔を向けた時、絶叫混じりに自分を呼ぶ声が聞こえた。脳に直接届いた声にルナは危機を感じ取って、その場にタクヤを押し倒すようにしゃがむ。体勢を低くしたルナの頭上を銃弾の嵐が吹き荒れた。
 ルナの能力『霊感応』は人と意識を通わせる力。普段はサイコとリンクしており、言語による会話も可能となる。今回は、サイコが感じ取った危機感を直接受け取り、体が反応した。
 銃弾が撃ち込まれ、次々と木箱や壁が破壊されていく。一分ほど過ぎた後でようやく嵐が止み、巻き起こる埃の中でルナは自分の下にいるタクヤの無事を確認するとサイコに霊感応で問いかける。
『サイコ! 無事!?』
『ええ……敵、のようね』
 ルナは改めて銃を握り直すと、低い姿勢のままで入り口へと向ける。破壊による煙が朦々と立ちこめる中、うっすらと浮かぶシルエットが二つ見える。
(……三つか)
 シルエットのうち一人が手に持っていたのは、人間だった。着ているコートの襟を掴み、片腕で持ち上げるとルナ達の方へと投げつけてくる。手前に叩きつけられた人影は、煙が晴れると正体が自然と分かった。
「――パパッ!」
 ルナの後ろから覗いていたタクヤは、倒れているのが佐伯丈一郎博士だと気づき、近づこうとする。しかし、ルナは左手でタクヤを制止すると玄関に立ったままの男二人から視線を外さなかった。
「あんた達……」
 ほぼ煙が晴れて姿を見られるようになった二人は、ルナから見て白人系だ。一人は肩まである白い長髪に細く鋭い瞳もまた白かった。細面はモデルと言われたら信じてしまいそうになる美形。袖無しのジャケットの下に長袖シャツとスラックスを着ている。
 もう一人は白い短髪で、長髪の男と同じ色の鋭い瞳を持ち、肉食系を思わせるぎらついた笑みを浮かべている。長袖の黒い上着をぴったりとチャックを上まで閉めている。手にはマシンガンが握られており、先ほどの銃弾の嵐はそこから発せられたのだとルナは理解した。
 こんなシチュエーションで合わなければ町中で歩いていてもおかしくはない。おかしいとすれば、その特徴的な白い髪と瞳だ。
(白い髪……タクヤと、同じ?)
 あまりにも自分達と違う色をした髪の毛は、タクヤとの共通点を思い起こさせる。だが、じっくりと考える前にマシンガンを持った男が一歩前に出て告げた。
「お前。この状況でも俺らの急所をいつでも撃てるように構えてるな。プロか?」
「……あんたが撃つ前に無力化できるわよ。早撃ち勝負する?」
 そう告げながらルナは既に銃弾を放っていた。
 相手のペースに合わせる必要はないと行動で示し、短髪男の引き金にかかった人差し指を飛ばし、両膝を撃ち抜く。
「ぐおっ!?」
 致命傷にはいたらず、激痛によって無力化できるギリギリのラインを確実に射抜いたために、短髪男はバランスを崩すとマシンガンを取り落とし、うずくまった。
「ピューイ。やるじゃないか」
 長髪の男はルナに向けて口笛と共に賞賛を送る。だが、ルナは油断なく銃口を向けてから一言告げた。
「このまま大人しく相棒連れて去りな! 命だけは助けてやる」
 そう言ったルナ自身、自分の言葉に全く説得力がないことに気づいていた。心の内に違和感が増大していく。
「ルナ!?」
 サイコの悲鳴混じりの声に促されて視線をうずくまった男へと向けたルナは、顔をこわばらせてしまった。銃を持つ腕が震えるのを止められない。緊張に汗が流れ出してルナはタクヤと共に後退していた。
「ふふふ……あははははははは!」
 短髪男は笑いながら立ち上がった。銃弾を受けた場所からは煙が立ち上り、傷口が塞がっていく。人間ではとうてい考えられない再生速度に、ルナは短髪男へと銃口を向けて連続して弾を放つ。轟音と共に両腕と両足に銃弾が打ち込まれたが、今度は倒れることもなく短髪男は自ら着ていた服を内側から引きちぎって胸を張った。
 変化していく姿は獣のもの。顔にも上半身にも狼のように毛が生えて、顔の形も口が前に出て犬歯が伸びていく。上半身は筋肉が盛り上がって最初の人間の姿から見れば二倍まではいかないまでも膨らんでいる。指先から爪が伸び、何度も併せて耳障りな音をルナとサイコへと運んだ。
「大人しくした方がお前達のためだ」
 変化を終えた短髪男は落としたマシンガンを手に取るとルナ達へと向ける。ルナは改めて銃を突きだしたが、短髪男はにやけたまま続ける。
「室内でこの距離。この火力。そして俺達の再生能力。お友達を含めて、お前等が死ぬだけだぜ」
 後で放った銃弾によって与えた傷も治っていた。もう短髪男には怪我をした形跡も見られない。言っていることに間違いはなく、今抵抗しても自分やサイコ。そして博士とタクヤが死ぬだけ。
 ルナは歯を食いしばって悔しさをこらえると、銃を落としていた。
「よーし……いい子だ!!」
 短髪男はルナの前に急接近してマシンガンを振り上げる。その速度は戦闘に慣れているはずのルナでさえも捉えられず、躱そうとすることさえできない。
(速――!!)
 マシンガンが顔面を襲い、ルナは勢いよく弾き飛ばされていた。二度、三度と床を跳ねた後に転がって仰向けで倒れてようやく止まる。意識が完全に途切れていたが、自分へと駆け寄る足音に覚醒した。
「あぐっ……がはっ……」
「ルナ! しっかり!?」
 自分を抱き起こすサイコの声がやけに遠く、ルナは頭を振る。そして、初めて殴りつけられて気を失ったのだと気づいた。
(なんて奴……ぜんぜん反応できなかった……)
 戦闘能力ならば自分を、もっと言えば人間を越えている。得体の知れない化け物が二人目の前にいる現実に、立ち向かおうとルナは歯を食いしばって立とうとしたが、完全に両足が笑っていて力が入らない。そんなルナを抱きしめながらサイコが代わって問いただす。
「あなた達……いったい何者なの?」
「佐伯博士が知ってるさ。俺達の大事なお父様、だからな」
 答えたのは長髪の男。マシンガンを構えて四人を牽制し、逃げないように見張っている短髪男の代わりに告げると、もうサイコとルナには興味を失ってタクヤの背後に回る。右腕でタクヤを抱え込んできつく締め上げると、タクヤはルナとサイコ、そして倒れたままの父親を見て青ざめた表情で固まっていた。
「よう。探したぜぇ。いいもんやるからな」
 長髪男は片腕をジャケットに入れると液体が入った注射を取り出した。針につけられたキャップも口で外し、タクヤの左腕へと突きつける。
「それは!? や、やめろ……それは……それだけはやめてくれ……」
「パパッ!?」
 いつしか目を覚ましていた佐伯博士は、倒れたまま立ち上がることができず、顔だけ長髪男に向けて必死になって懇願する。だが、長髪男は一度にやりと笑みを見せた後で何の躊躇もなく左腕に注射を突き刺し、液体を注入した。
「あうっ!」
 液体が注入されていくとタクヤの顔がこわばり、体は過剰に反応してびくつく。口は苦しみに開かれ、だらりと伸びた舌はわずかずつであるが獣のように伸びていた。
「もう少しだけお前等は生かしておいてやろう。こいつが完全に目覚めるまでな。お前等は生け贄だ! 我々優生人間(ドミネーター)覚醒のなぁああ!!」
 タクヤを解放し、高らかに笑う化け物二人。うずくまって身悶えするタクヤを、ルナもサイコも佐伯博士も、ただ見ていることしかできなかった。

 * * *

 午前0時を過ぎて宵闇が深くなっても、家屋の中はわずかな光で照らされていた。囲炉裏には新たな木材が足されて火が大きくなっており、家屋内にいる者の姿を浮かび上がらせる。
 二人組はどこかに消えており、残っているのはルナとサイコ。そして佐伯博士とタクヤがいた。
「ウ……ウウウ……」
「タクヤ……しっかりしろ……タクヤ……」
 注射を打たれてから二時間以上、タクヤは呻き、苦しんでいた。両腕で体をしっかりと抱き、今にも体内から吹き出してきそうな何かを押さえ込んでいるかのごとく脂汗をかき、歯を食いしばっている。佐伯博士はそんなタクヤを抱きしめて頭を撫でていたが、それしかできない自分の無力さに唇を噛みきっていた。
 ルナとサイコは二人とも家屋を支える太い柱に後ろ手に拘束されていた。ルナの持っていた手錠を使われて両手首を拘束されていると、脱出はまず不可能だ。
 だが、ルナはジャケットの手首に隠しておいた武器――ジーリー・ソーを使って手錠を切断しようと動かしていた。
 元は脳手術で頭蓋骨を切断するために開発されたワイヤー製の鋸は鋼鉄すらも切断できる。
「くそっ! 待ってろ……すぐ切ってやるからな……こんなもの……げほっ! ごほっ!」
「ルナ。無理しないで。まだ殴られた痛みで弱ってるんじゃ」
「そんなこと言ってられないよ。あいつらが戻ってくる前に脱出しないと」
 ルナの頬にはマシンガンで殴られた痕に重ねられるように、打撲痕が増えていた。他にも腹部や背中にも隠れた青あざが出来ている。
 柱に繋がれる前にルナは二人に遊ばれるように殴られ、蹴られて暴行を受けた末に気絶させられていた。そこからようやく気がついたのがほんの少し前。捉えられた時に身体検査もされないまま無造作に繋がれたということはつまり、相手はルナを少しも驚異と思っていないことの裏返しだった。
「……佐伯博士。彼らは何者なんです? 人間、なんですか?」
 ルナが起きる前でも聞けた質問を、あえて目覚めてからサイコは佐伯博士へと問いかける。博士はタクヤを抱きしめたままサイコの方へと顔を向け、視線を逸らしながら話し始める。自分の独白を攻められるのが怖いと言わんばかりに。
「彼らは、優生人間(ドミネーター)。私が作り上げた、戦闘用の人造人間だ」
 手錠を切断しようとしているルナも一瞬息をのむ。サイコはドミネーターという言葉を反芻し、意味を理解しようとしていた。
「アメリカ陸軍。ネバダ戦闘研究所。そこでは来るべき次世代の戦闘に関する様々な研究が行われていた。そこで私のチームは、より高度な作戦に耐えうる新しい兵士を作る研究をしていたのだ……遺伝子を研究し、改変し、戦場という極限状態に最も適応した人間を作ろうとした。そして彼ら……優生人間(ドミネーター)は生まれた」
 サイコはルナをあっさりと倒し、暴行を加えた光景を思い出して身震いする。銃弾を撃ち込まれても回復する姿は、単発の武装ではどうしようもない。もっと火力があれば何とかなるかもしれないが。
「彼らの知力・判断力は飛躍的に向上し、先祖帰りによって獣化した体は不死とも呼べるような驚異的な回復力を身につけた。まさに究極の兵士が誕生したのだ。だが結局、失敗だった」
「……失敗?」
「彼らは自分達を超人間であると考え、人間に命令されることを拒んだ。特にナンバー18・グレンとナンバー24・ダグラス……短髪の男と長髪の男だな……彼らを中心に、優生人間(ドミネーター)は研究所で反乱を起こした。反乱はどうにか鎮圧できたが、二人だけは研究所を破壊して、私と、完成直前だった実験体だけを連れて脱走したのだ」
「なぜ……博士を……?」
 キリキリと音を立ててジーリー・ソーを手錠に食い込ませながらも、尋ねるルナ。事の発端を知りたいのは彼女も同じ。何よりも、タクヤの様子を見て彼女の中には最悪の予想が生まれていた。
「仲間を増やすためさ。彼らは遺伝子操作で生まれた結果、子供を作れない体だったんだ。私達は更に研究を押し進めて、子供を作れる新しい優生人間(ドミネーター)を作ろうとしていたからな」
「まさ、か……」
 サイコの視線は一点に注がれる。ルナも手錠を切る手を止めてサイコと同じ場所――博士の腕の中にいるタクヤへと目を向けていた。
「タクヤは私の息子ではない。新しいタイプの優生人間(ドミネーター)。それがこの子の正体だ」
「ウゥウウガァアアアアア!」
 自分の正体を明かされて怒ったかのように、博士を突き飛ばしてタクヤは床を転げ回る。体毛が徐々に増えていき、顔は獣に変化していく。グレンとダグラスと同様に獣化していくタクヤを見ていると、ルナとサイコは生理的な嫌悪感を抱き、体の震えが止まらない。
「私は……もう遅かったのだろうが、後悔したんだ」
 佐伯博士は再びタクヤを抱きしめる。タクヤは自分を包み込む博士を何度も拳で殴りつけるが、博士は歯を食いしばって痛みに耐えながら離れない。
「優生人間(ドミネーター)として……覚醒っ……する、前……なら……普通の人間、として……暮らせる……だからわたしは、タクヤを連れて、逃げげぼぉ!?」
 鳩尾に拳を叩き込まれた博士はまた吹き飛ばされて、ルナの傍で倒れる。大の字になり立ち上がれないままで、朦朧とした意識のまま呟く。それは、彼の贖罪の言葉だったのかもしれない。
「や……つら……が注射したのは、優生人間(ドミネーター)の遺伝子を覚醒させる、薬……だ。処分しきれなかった、最後の……。もう、あれはタクヤじゃない。完全体の優生人間(ドミネーター)に、なってしまった」
 着ている服を引きちぎり、捨てたタクヤは白い体毛にまみれた上半身を筋肉で膨らませていた。穿いていたスラックスもパンパンになり今にも破れそうになっている。だが、何よりもルナとサイコの目を引いたのは大きく盛り上がった股間だった。
「なっ……」
「何!?」
 ルナとサイコは意味するところを悟り、思わず顔を赤くする。背筋を駆け上る悪寒は激しさを増して、頭から血の気が引くのを止められない。理解はできないが、何か自分達を脅かす致命的な存在が生まれるのを目にしていた。
「すまない……タクヤを……殺してくれ……完全体の、優生人間(ドミネーター)は特別な生殖機能を持っているんだ……性行為をして、子を宿す確率は、100%……」
 ルナもサイコも、自分達が過度にタクヤを恐れている理由を理解できてしまった。目の前の獣が自分達を凌辱し、妊娠させることが目的なのだと女の本能が先に警鐘を鳴らしていたのだ。
「ガァアアアアアア!」
 雄叫びを上げたタクヤはルナへ向けて突進する。鋭く尖らせた右手の爪が振り上げられて、ルナはその軌跡が確実に自分の命を奪うものだと感じ取る。佐伯博士の言うとおりならば命までは取られないはずだが、タクヤが何を考えているのかルナには分からない。
「ルナ! 危ない!」
 サイコの絶叫と同時に、手錠がジーリー・ソーによって切断されるとルナはしゃがみこむ。頭上を貫いた右腕は柱をまっぷたつに破壊して家屋の支えを揺るがせた。
「タクヤ! わたしよ! 分からないの!?」
 ルナの呼びかけにタクヤは右腕で答える。
 今度は拳で殴りつけられる。ルナは素早さについていけずに両腕をクロスさせて顔面を守ると、衝撃に吹き飛ばされた。
「あぐっ!? ぐぅううう!」
 家屋を支える太い柱を破壊する一撃にルナは両腕がしびれる。折れなかったのは幸いだが、まともに受けていては骨折も間近に迫っていた。
「ギャォオオオオオ!」
 倒れたルナに対して突進するタクヤ。またしても右腕を振り上げて、突進の力と併せて突きだしてくる。ルナは見えない部分を勘で補い、タクヤの一撃を避けると背後に回り、ジーリー・ソーを首へと巻き付けた。
「グアアアアアッ!」
「大人しくして、タクヤ! このジーリー・ソーは首を切断できるのよっ! 大人しくしないと君を……殺さなきゃならない!」
「ダメよ、ルナ! タクヤ君はもう人間じゃない! 分からないわ!!」
 サイコにはタクヤの思念が流れ込んできていた。
 タクヤの中にあるのは人を殺すこと。そして女性を犯すこと。二つの感情だけが暴走している。まともな思考など存在せず、純粋な欲望を叩きつけられてサイコは体が反応して熱くなっていくのを自覚していた。このまま倒されてしまえば、タクヤは自分達を殺すか、犯してくる。
「ルナ!」
 サイコの悲痛な叫びと想いはルナにも伝わっていた。
 ルナは霊感応によって、サイコに叩きつけられた思念が巡って伝わる。そのおぞましさも恐怖も理解していたため、ルナは反射的に腕に力を込める。ルナもプロの霊能探偵であり、非情な決断をしなければいけない時には決断する女だ。
(タクヤ……ごめん!)
 目が熱くなり、様々な感情が交じった涙が浮かぶ。それでもタクヤをこのまま開放すれば世の中にとって害をなす。そうなる前に終わらせるしかないと覚悟して、自分の腕の中にある命を散らそうと両手を引いてジーリー・ソーを締めつけた。
「ぐうっ!?」
 だが、ルナは顔をしかめて動きを止めていた。
 誤算だったのは、両腕に走った痛みだった。タクヤの攻撃を受けて痛めた両腕がこのタイミングで痛んで動きが鈍る。その瞬間に、タクヤはルナの髪の毛を掴むと人間離れした膂力によって前方に向けて投げ放った。
「がはあっ!?」
 背中から叩きつけられたルナは息が止まり、ジーリー・ソーも手放してしまう。勢いよく投げつけられた体はバウンドして距離は出来たが、ルナは背中の痛みにすぐ起きあがることはできない。
 タクヤは爪を立て、ルナへと突進する。ルナを生殖対象の『女』ではなく『敵』と認識したのか殺意を増大させると、爪を伸ばした右腕が放たれた。
(殺られるっ!!)
 起きあがることは間に合わず、ルナは自身の体にタクヤの手が貫くことを覚悟して目を瞑る。
 だが、ドスッ!! という鈍い音が聞こえてもルナの体には衝撃はこなかった。代わりに届いたのはなま暖かい液体がふりかかる感触。目を開けると、佐伯博士がルナへと体を向けて立っていた。
 タクヤの腕を胸部から飛び出させて。
「「佐伯博士!」」
 ルナとサイコは同時に悲痛な叫びを上げる。自分を貫いた腕が栓代わりになっていても血液は流れ出していて、明らかな致命傷だった。ルナは自分のジャケットや黒いシャツに付着した血液と見比べてから歯を食いしばって立ち上がる。佐伯博士はルナの姿を見て頬を緩めると、呟いた。
「タクヤを……安らかに……眠らせ……」
「ガァアアア!」
 だが、佐伯博士は最後まで言葉を紡げなかった。タクヤが咆哮と共に腕を引き抜き、栓が取れた体からは間欠泉のように血液が噴き出す。追い打ちをかけるようにタクヤは自分が貫いた佐伯博士の胸の穴に両手を入れると、左右に引き裂く。自分が作り出した血だまりに真っ二つになった佐伯博士はうつ伏せに倒れて、息絶えた。一方でタクヤは、自らの腕についた佐伯博士の血液を舌で舐めとり、更に血だまりに口を付けてすすり始める。優れた人間というにはあまりにも野性的な行動にルナは嫌悪感がこみ上げてくる。
「よくやったぞ、同類」
 血をすすっているタクヤに気を取られていたルナは、入り口にいつの間にか立っていたグレンとダグラスに気づかなかった。聞こえてきた声に慌てて視線を向けると数歩下がり、すぐに自分の銃を探す。銃は壁際に落ちていて、拾ってから優生人間(ドミネーター)達に撃ち込むまでのプロセスを無意識に思い浮かべる。すぐに自分達を襲うであろう最悪の事態がルナには感じ取れていた。
「血の味を! 闘う快感を覚えたか? 博士を殺ったのは惜しいがまあいい」
 長髪のダグラスは口元を緩めてルナとサイコを交互に見る。視線は二人の体を舐め回し、最後に股間へと落ち着かせた。視線が向いた先が理解できて、ルナは体を守るように体勢をわずかに変える。サイコはまだ柱に拘束されたままのため、着物の下で右足をわずかに前に出して交差させた。
「タクヤがいればいくらでも仲間は増やせるからな……ちょうど、女も二人いる」
「ぐっ……」
 こみ上げてくる恐怖にルナは体を震わせる。霊能探偵という仕事柄、これまで何度も命の危険も、貞操の危機というのもあった。だが、それでも何とかサイコと力を合わせて乗り越えてこれたのも、相手が人間であり、銃と格闘で対抗できていたから。だが、優生人間(ドミネーター)達には奥の手の銃でさえも通じない。再生速度が追いつかないほどのダメージを与えることができれば何とかなるかもしれないが、廃村には自分とグレンが持っていたマシンガンくらいしか銃火器はない。
「さあ犯れ! こいつらを、優生人間(ドミネーター)の新時代を築く同士を生む母胎の第一号にしてやるんだ!」
「ガァアオオオオオ!」
 血をすすり終えたタクヤは汚れた口元を拭って吼える。ルナはタクヤの攻撃をかわして銃を拾おうと身構えたが、殺気はルナへと向かずにサイコへと向かった。
「ひっ……!? い、いやっ……」
 自分がターゲットになったことを悟り、サイコは青ざめて手錠を外そうと両腕に力を込める。だが、サイコの力ではとうていはずれることはなく、ガチャガチャと音を立てるだけ。
「サイコ!」
「おっと! お前は俺達が遊んでやるよぉおお!」
 サイコとタクヤの間に入ろうとしたルナだったが、一瞬で目の前に現れたグレンとダグラスに遮られる。短髪のグレンはルナの体に触れられる距離まで詰めており、下から上に向けて右腕を振りきっていた。
「きゃああっ!?」
 衝撃と共に黒いシャツの生地が引き裂かれて、ルナは白いブラジャーを露出させながら吹き飛んだ。勢い十分に壁へ激突して痛みにしゃがみこんでしまったが、ちょうど落ちていた銃の傍であり、背中の痛みをこらえて銃をとり、しゃがんだままロックオンする。
「無駄だ無駄だ。俺達にはきかねぇよ」
「舐め……るなぁああ!!」
 ルナの早打ちはほぼタイムラグなしにグレンの体の各所に銃弾を撃ち込む。両膝に心臓。そして額と二つの眼球に穴が空き、血が吹き出してグレンの周囲は血煙にけぶる。そのままグレンはバランスを崩して、膝を突いて頭を垂れるとルナへ後頭部が晒された。
 ルナは躊躇なく追撃の引き金を引いて、頭部を銃弾が貫く。血しぶきが幾度も飛び、グレンの体が衝撃に震えた。しかし、ルナには相手を殺したというイメージが全く伝わってこなかった。
「けけけ……けけけけ……効かねぇよぉ」
 グレンは血の涙を流しながらも、溢れ出てくる元が煙を上げながら再生していき、白い瞳も焦点を取り戻す。撃ち抜いた膝の皿も修復されて立ち上がったグレンは両手の指を鳴らしながらルナへと近づいた。
「また肉弾戦でもするかぁ?」
「化け物め!」
 銃を向けたまま下がり、壁際に追いつめられたルナはどうすべきか頭をフル回転させて考えていく。
「いやぁあああ! やめてぇえええ!」
「サイコ!?」
 相棒の危機的な悲鳴によって、戦いの最中にあったルナの意識はサイコへと向かった。だが、目の前のグレンと後方に控えるダグラスの巨体に阻まれて見えない。
「よそ見してていいのか?」
「――っ!?」
 意識を逸らしたところで、ルナの目の前にあっという間に現れたグレンは銃を構えていたルナの両手首を掴み、体を持ち上げてから木の壁へと押しつけた。
「ぐはっ……あ……くっ!?」
 背中を叩きつけられた衝撃に息が詰まる。目元に涙を滲ませながらもルナはグレンを睨みつけて、すでに再生が止まった膝や太股に蹴りを喰らわせる。地から足が離れて二十センチ以上身長差があるグレンとほぼ同じ位置に体が持ち上げられているため、壁を使って体を固定するしかない。だが、やはり不安定な状態では威力はなく、ただでさえ強靱な力を持つグレンの肉体には全く効果がなかった。
「この! 離せ! 離――あぐぅうっ!?」
 万力で潰されそうな痛みが手首に走り、ルナは蹴りつけるのを止める。グレンはゲラゲラと笑いながらルナと密着するまで体を近づけて、舌を出す。獣の太い舌はルナの顔へと伸びて、額から徐々に舐め回し始めた。
「やっ……やめろっ! 気持ち悪いっ……やめろおっ!?」
「俺達は子孫を増やすことは確かにできない」
 舐め回されているルナの様子を見ながら笑っていたダグラスが、グレンの代わりにルナへと説明を始める。たっぷりの邪悪な感情を込めて。
「だが、生殖行為自体は出来るのさ。お前も諦めて楽しめ。俺らと一緒に楽しんでいる間にあのサイコって女にタクヤが孕ませる。次は、お前だ」
「――っっ!?」
 喉の奥からこみ上げてきた悲鳴を押し込んで、ルナは口をしっかりと閉じて舌の進入を拒む。顔面はグレンの唾液に濡れて、臭気に鼻の奥がツンとした。
 そのままグレンはルナの体を持ち上げることで舌を移動させていき、首元から胸へと向かう。引き裂かれたシャツの間から見えるブラジャーに歯を立てたグレンは手前へと頭を引いて引きちぎっていた。
「キャアッ!」
 耐えうる限界を超えてブラジャーの紐が切れると、乳房がぶるんと外気に晒される。ルナの体格にちょうど良い大きさで突き出されている乳房の先に小さく付いた乳首は綺麗な色をしており、全く異性の口が包み込んだ形跡も見あたらない。
 グレンは涎を垂らしながら乳首を口に含む。
「この! やめっ……んぅう!」
 口に含まれた乳首は舌でコロコロと転がされると、ルナの体に電流をほとばしらせる。ルナの意思に反して舐められた乳首は柔らかい状態だったが、徐々に堅くなっていく。グレンの舌はざらついた表面とは裏腹に丁寧に乳首と乳輪そして乳房と、唾液で濡らしていった。ルナは今の状況でもグレンの舌使いに反応してしまう自分の体に、歯を食いしばって対抗しようとする。
(こんなの……なんで! 早く、サイコを助けないと! こんなのに感じてなんか、いられない!)
 ルナは耐える力をそのまま攻撃に変える。肉弾戦ではダメージを与えられないことは分かっているが、何もせずにはいられない。必死に膝を繰り出してグレンの胸元を打っていったが、グレンは少しも邪魔された様子はなく両方の乳首を交互に舐め回しながら笑っていた。
「けけけけ……必死だなぁ。何の意味もない」
「ふざ……けんなっ! あんたなんかにかまってる暇なんてないっ!」
 ルナは吼えてから息を止めると、笑っているグレンの顎を膝でかちあげた。舌を出して笑っていたグレンは舌を噛む形になり、痛みにひるんだためにルナの手を離す。着地したルナはすぐに横に飛んで、グレンが投げ落としたサブマシンガンを取ってグレンへと接近し、銃口を向けた。
 背後に立つダグラスが全く動こうとしないのが、ルナにとってはまだ救いになって躊躇なく引き金を引いた。
「くらえぇええ!」
 地鳴りにも間違うほどの激しい音を立てて放たれる弾丸。ほぼゼロ距離でマシンガンを撃ち、衝撃に体が下がっていく。グレンの体は銃弾に蹂躙されて次々と血液が吹き出して、後方へと下がっていった。
(これで……ダメなら……)
 激しい銃弾の嵐はグレンの体に着実に爪痕を残している。だが、ルナは背筋に冷たい汗が垂れてくるのを止められない。その冷たい予感は最悪の形でルナの前に現れた。
 マシンガンの音が途切れ、弾切れをルナに伝えてくる。引き金は引いたままだが、弾は一発もでない。すべて撃ち尽くした先にいるのは煙を上げて再生していくグレンの姿だった。
「頭悪いなぁ……効かねぇよぉ……」
「う……ぁあああっ!」
 ルナはグレンへと突進して、マシンガンを振り上げる。だが、グレンは血をまき散らしながらルナへと接近すると左腕を振り切った。
「あぐぁあっ!?」
 ルナは顔面を殴られて吹き飛ばされる。先には木の壁があり、激突して激しく軋ませた。家屋全体が横に揺れて外へとたわむ。
(――まず、い……)
 頬を殴られた衝撃に頭の中がかき乱されて、意識が途切れかける。グレンの一撃を何度も受けてきたが、その度にルナは気絶しそうなほどの衝撃を受けていた。人間を超えた圧倒的な力がルナの体に何度も刻まれて、もう限界を迎えていた。
「大人しく……してなあっ!」
 グレンは右肩を前にしてルナへ向けて突進すると、そのままルナの鳩尾へと体当たりを喰らわせた。ルナの背にした木の板がたわみ、限界を超えて亀裂が入る。一つ入ってしまえば崩壊はすぐそこ。ルナは建物から穴をあけて外へと吹き飛ばされた。
(――サ、イコ……)
 致命的な一撃によって急速に消えていく意識。暗闇の中でかすかにサイコの絶叫が聞こえたような気がしたが、ルナにはその真実は分からなかった。
0



コメントを書く

この記事にはコメントを投稿できません





AutoPage最新お知らせ