禍野に消えた女陰陽師

  | 投稿者: 月華守屋

双星の陰陽師より化野紅緒の凌辱ものです。
アニメの第一話を見て、凄く少年誌的でいいなと思って漫画を一巻だけですが読んで好きになりました。
アニメと漫画は支障をきたさないペースで見たり読んだりしようと思います。
※いくつか漢字変換が微妙な文字がありますので似たような文字にしています。
あと、アンケートも実施しておりますのでご協力願います。

漫画の第一話をベースに、敗れた時を想像して書きました。

西日本トップクラスの陰陽師、化野紅緒。若干十四歳の少女はケガレの世界で祓い続ける。
しかし、戦い続ける中で、遂に少女は力尽きる。





 ケガレ。
 元来、この地上に存在する悪霊とは違い、禍野と呼ばれる異世界の住人。
 古来より、禍野から時折抜け出してくるケガレ達を祓うことを使命としている陰陽師達がいた。
 これは、その陰陽師の中でもトップクラスの実力を持つ十四歳の少女、化野紅緒(あだしのべにお)の物語。
 ケガレを祓いし者が、ケガレに汚される物語。

 * * *

「今(イマ)の現(ウツツ)に不思議(フリナク)も大神(オオカミ)の御門(ミカド)を欲過(スギナン)と為(シ)て」
 少女を中心に、風が吹き荒れていた。
 切りそろえられた前髪の下にある、普段ならば丸く愛くるしい瞳は鋭く目の前を睨みつけ、まだ幼さが強く残っている。少女の右手人差し指と中指には符が挟まれており、顔の前に立てていると徐々に発光していった。発生した風は、背中の中頃まで届いている艶やかな黒髪を背後へと持ち上げて揺らめかせる。前で閉じられている黒いセーラー服と結んだスカーフも風を受けて激しくばたついた。
「慎(ツツシ)み敬(ウヤマ)ひ拝(オガ)み奉(タテマツ)る此様(コノサマ)を平(タイラ)けく安(ヤスラ)けく聞食(キコシメ)せと」
 普段は膝上までの長さの黒スカートも同様で、風の抵抗に浮かび上がって黒ニーソックスとスカートの隠れた部分による領域が少女らしからぬ魅力を引き出していた。
「恐(かしこ)み恐(かしこ)み白(モウ)す……!」
 符の発光がピークに達すると、少女は符を前方へと放る。紙であるはずの符は空気抵抗をさして受けないまま前へ進んでいく。大地に対して垂直になったまま浮かび上がると風が黒髪も地上と平行になるまで吹き荒れて、スカートの内側に穿いた一分丈の黒スパッツが覗いた。
 符はやがて形を変え、宙空に鳥居を作り出す。
 光輝く円に描かれた鳥居。だが、本来なら通り抜けられる鳥居の下は形作っている円と同じ光に包まれて遮られている。
 少女は両掌を顔の前で合わせ、荒れ狂う風の音に負けない音量で吼えてから両手を真横へと開いていった。あたかも、鳥居の下にある扉を開くように。
「禍野門開錠(まがのとかいじょう)。急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!!」
 少女の言葉と仕草により、鳥居の中の空間が「開かれ」ていた。だが、見えるのは向こう側の景色ではなく、別の場所。赤く染まり、オドロオドロしい気配が漂ってくる先の空間に少女は表情を崩さないまま、その身を飛び込ませた。
 場所が切り替わった感覚。体に伝わってくるのは、異質な世界の圧力。
 自分達とは異なる、化け物達の世界――禍野。
 化野紅緒は、狩るべき敵の気配を追って駆けだした。
 紅緒は、ケガレと呼ばれる化け物を退治する陰陽師だった。若干十四歳にして西日本では最高レベルの実力を持ち、その力で数々のケガレを祓ってきた。
 彼女が特筆すべき存在なのは、禍野に直接入ってケガレを退治することにある。並の陰陽師ならば人の世に出てきたケガレを祓うことを主にしている。それは方法自体を知らないこともあるが、禍野に行けばただでさえ強力なケガレを何体も相手にしなければならない。いわば化け物達の檻に自ら飛び込んでいくようなもの。
 だからこそ、限られた者しか禍野に行く方法は知らず、禍野へと侵入できることそれだけで、陰陽師としての力の証明となる。
(……近くにいる、か)
 禍野の光景は人間の世界の模倣だった。違うのは、赤い空と崩れ去った建物。荒れ果てた大地の姿。まるで、ケガレ達が現世を蹂躙した後の世界とでも主張しているかのよう。紅緒は足を止めぬまま、どこからか狐の面を取り出して顔につけると、右太股につけたホルスターから符を二枚取り出した。
「陰陽呪装(おんみょうじゅそう)。星動読符(せいどうどくふ)。来災先観(らいさいせんかん)、急急如律令。韋駄天符(いだてんふ)。飛天駿脚(ひてんしゅんきゃく)、急急如律令」
 光り輝く符を前方へ投げると、光はそれぞれ狐の面と黒ニーソックスへ吸い込まれる。何も描かれていなかった面に狐の顔らしき文様が浮かび、黒ニーソックスの表面も線が走る。光が行き渡ると同時に、紅緒の駆ける速度はこれまでの数倍に増大して、その場から跳躍していた。
『あ゛ああああはああああああああああ!』
 紅緒の跳躍した足を掴もうとするかのように、地面を割って現れたのは鈍色をしたケガレだった。目はなく、大きな口だけが人間を喰らうために開かれて、涎が垂れ流された舌をぶらつかせながら石膏のような歯をぎらつかせてくる。紅緒は跳躍した先の宙空で器用にスカーフを引き抜いて、完全な戦闘体勢に入ると共に両手に愛用の剣を出現させて落下した。紅緒の胸元くらいまでの大きさで幅広の刀身を持つ剣にも、面と足に出現した文様と似たものが描かれており、落下先にいたケガレへと勢いに任せて投げつけるといとも簡単に突き刺さっていた。
『あ゛ばあああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』
 痛みを感じているためか体をくねらせるケガレ。その傍に着地した紅緒は、すぐにケガレへと突進する。スカートがまくれあがり、スカートの内側を惜しげもなく晒しながらも気にすることなく跳躍し、頭部に突き刺さった剣を掴む。韋駄天符により強化された脚力で体を反転させ、勢いで頭部を引き裂いていくと最後には頭部を二枚に両断した。同時にケガレの体へ光が走り、五芒星が描かれる。光の文様が消失すると共にケガレも祓われた。
(……まだいる!)
 紅緒の周囲に次々と地面を破ってケガレが現れる。大きさや形は様々で、基本的に紅緒よりも大きく二メートルから十数メートルまではあるが、腹部が極度に膨れ上がっていたり、戦争時の防災姿のように頭巾をかぶり、モンペを穿いているケガレもいる。大小併せて二十体。紅緒は一通り見回すと右太股につけたホルスターから符を二枚取り出した。
「フゥー」
 一度深く息を吐き、呼吸を落ち着かせてから前方に投げると低い声で呟いた。
「轟腕符(ごうわんふ)。金剛符(こんごうふ)」
 先ほど用いた韋駄天符、星動読符と同様に符は光り輝く。狐面の前で右人差し指を立てた紅緒は言葉に力を与えた。
「陰陽呪装。砕岩獅子(さいがんしし)、急急如律令。鎧包業羅(がいほうごうら)、急急如律令」
 面と足に描かれた文様が、今度は両腕と胸部にも描かれていく。光が行き渡った姿は、もはやセーラー服というよりも戦士としての衣装のようだ。それぞれ腕力と防御力を高める陰陽師の呪装。
 紅緒が本気でケガレを相手にするときのフル装備だった。
 紅緒は逆手で剣を持って両手を広げながら、前方に大きく右足を踏み出す。スカートから肌色の太股が覗くことも気にせずに前傾姿勢を取った紅緒は、面の内側でささやくように、戦闘開始を告げた。
「……十六夜彼岸(いざよいひがん)の舞」
『うふふふうふふうふふふふふふふふふふ』
『きゃひぃいいいいいいひひひっひい』
 紅緒を取り囲んだケガレ達の内、前方にいたニ体が歩き出す。紅緒は後方に伸ばしていた左足のつま先に力を込めると、地面に食い込む音がする。
「はあっ!」
 紅緒は跳躍し、目の前に来ていたケガレ二体をほぼ同時に切り裂いていた。一瞬即斬。韋駄天符で強化した脚力を最大限に発揮してケガレ達を大きく上回る速度を引き出して接近し、金剛符で強化した腕力を存分に振るってケガレの体を真っ二つに引き裂く。二つの力を併用することによりケガレ達は一撃で絶命し、五芒星を描いて消滅する。その間、一秒あるか否かという短さだった。
「ふっ! はっ! はあっ!」
 切り裂いたケガレの体を土台に跳躍して、紅緒は次々とケガレを屠って行く。両手剣を前方に突きだしたままで胴体を貫き、上空から振り下ろして肩口から股間まで真っ二つにし、頭を串刺しにして穴を空ける。
 ケガレ達は攻撃をしようとしても紅緒の速度に全くついて行けず、紅緒はひたすらケガレ達の血飛沫をあげる。星動読符によってケガレの動きを先読みすることが可能となり、先読みの速度と脚力による速度を合わせることで、ケガレ達は紅緒の存在を視認する事すらできないままで、ただ命を散らしていくことになる。
 連鎖するように五芒星が宙空に輝き、二十体もいたケガレはほんの一分しか経たずに消滅していた。
 着地して周囲を見回してケガレを狩り尽くした事を確認すると、紅緒は狐面を取って小さく息を吐く。
「……これで最後、かな」
 じわりとかいた汗は心地よさを紅緒に与える。京都の名家、本土・化野家筆頭である紅緒は幼い頃からケガレを祓い続けるという宿命を持っていた。そのために力を磨き、西日本最強と呼ばれるに相応しい実力を身につけた。それでも、ケガレの世界である禍野での戦いは生と死の狭間。戦いに勝利すれば勝利と生還への幸福感に包まれる。
「キャアアアアアアアア!」
「……子供の声!?」
 だが、今回はまだ紅緒の戦いは終わっていなかった。自分よりも更に幼い少女の悲鳴が飛んできた方向へと駆けていくと、まだ効果が消えない韋駄天符の力によって、すぐにケガレの姿を捉えられる距離に接近する。ケガレの目の前にしゃがみこんでいるのは六歳くらいの幼女。すでに面をつけていた紅緒は星動読符の力によってケガレの動きを先読みし、攻撃は間に合わないと判断すると迷いなく少女の体へとつっこんだ。
「はああああ!」
 脚力全開でヘッドスライディングの要領で飛び込んだ紅緒は、幼女に負担がかからないように優しく抱き留める。直後に彼女を襲ったケガレの一撃に吹き飛ばされても、幼女を抱きしめる両腕は必要以上の力を込めず、か弱い肉体を守りながら瓦礫となったビルの壁に激突した。四階建てのビルの最上階に煙がもうもうと上がり、すぐに煙をまき散らしながら一階まで落ちていく。その煙の先からは、幼女を抱きしめた紅緒が現れた。
「ふぅ……」
 しっかりと着地して幼女を下ろすと、頭を優しくなでで微笑む。狐の面を取って向けた微笑は、先ほどまで鋭い視線でケガレを睨みつけていた陰陽師のものではなく、年相応の丸い可愛らしい瞳に戻っていた。
「怪我はない?」
「ぁ……ぉねえちゃ……は……」
「? 大丈夫だよ」
 紅緒は軽く全身をチェックして問題ないと結論づける。金剛符によって増強された防御力はケガレの攻撃をほぼ無効化する。体重が軽い紅緒はケガレの一撃によって弾き飛ばされはするものの、打撃は体には通らない。ただ、金剛符がカバーするのはほぼ胴体で、面ならまだ効果はあるが後頭部は無防備になるため注意は必要だが。
 弱々しく震え、涙を絶えず流し続ける幼女の頭をなで続けながら、紅緒は近づいてくるケガレの存在も関知していた。すぐにここは戦場となると確信し、ホルスターから符を一枚取り出して幼女に渡した。
「これで、ここから出られるから。ここは禍野。あの化け物が、人間を引っ張り込んで、食べてしまうの」
「食べ……ひっ!?」
「大丈夫。私が、あなたを守るから。ケガレを全て祓うから……!」
 幼女に持たせた符に力を注入すると、光り輝いて門が開かれる。禍野に来た時とは逆に、人間の世界の光景が鳥居の前に広がって、幼女を押し出す。幼女は一人鳥居をくぐり、禍野から姿を消した。
『アハッハハハハハハハハハハハハ……』
『ひょっひょっふっふっほっほっほっほ……』
 先ほど紅緒を吹き飛ばしたケガレの他にも次々と瓦礫を弾き飛ばして出現する。紅緒は狐の面を被り、剣を逆手に構えて再び十六夜彼岸の舞を発動させようとする。だが、次の瞬間に背後から強襲するケガレの存在を感じ取った。
(――!?)
 気づいた時には遅く、ビルの瓦礫を盛大に吹き飛ばして現れたケガレは紅緒の両腕を掴んで宙空に持ち上げた。
「こ……の……」
 並の人間なら一瞬で押し潰される力にも豪腕符で強化したパワーで押し返す。だが、拮抗して動きが止まったところに別のケガレが拳を振り上げて紅緒を殴りつけた。
「ぐっ……ぐぅ! くっ……」
 動けないまま殴りつけられる衝撃にも、かろうじて紅緒は耐えている。面にも金剛符の力が働いているため、顔面や胸部を殴られる間はわずかに衝撃が体を揺さぶる程度。だが、ピシリ、と音を立てて面に亀裂が入るのを紅緒は聞き逃さなかった。
(このままじゃ、まずい……ふっ!)
 拮抗していた力を紅緒から弱め、次の瞬間に爆発させる。ケガレの拘束が解かれたところで即座に飛び上がると、紅緒を殴りつけてきたケガレの拳がそのまま捕まえていたケガレの顔面を殴りつける、互いに身悶えしながら倒れそうになっているところに紅緒は剣を一閃して五芒星に変えていた。
「……十六夜彼岸の舞!」
 ケガレの攻勢に隙ができたことで、紅緒は再び前傾姿勢になると超速の乱れ斬りに入った。近づこうとするケガレや、紅緒が近づくことすら認識できないケガレが次々と体に穴を空けて、消滅していく。太っ腹のケガレの胴体を貫き、双頭のケガレを一体ずつにするように真っ二つにして、次に向かう。スカートを翻して舞う姿は、技の名前の通り鮮烈な舞にも見える。伸びる足は最小限の動きで最大の速度を保ちながら、最後の一体も討ち漏らさずにケガレを追いつめ、貫いた。
『ゴウアアオアアアアォォオオオオオオオオオオオオオ……』
 最後の一体が断末魔と共に消滅する。
 最初に発動させた時と同様に、今度は三十体以上はいたであろうケガレの集団は、やはり数分も経たずに全て消え失せていた。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
 紅緒はケガレの気配が消えたことを確認して、剣を両方地面に突き刺すと狐面を取った。表面には音を聞いた通りにひびが入っている。連続でケガレと戦い、通じて五十体以上狩ったのはいくらトップクラスの陰陽師と言われている紅緒でも体力の消費は激しい。額に流れた汗を拭って周囲を見回してから、撤退する事に決めて幼女に渡したものと同じ符を取り出す。
 しかし、次の瞬間に地鳴りが起きて瓦礫が爆発していた。
「なっ……!?」
『い゛ばばばばばばばばばばばばばばばばばばぎびぃいいいいひひひひひひひひ!』
 地面を突き破ってやってきたのはまたケガレだ。ただ、その巨大さはこれまでのケガレとは桁が違っていた。三十メートルはある蜘蛛型の超巨大ケガレは、狂気じみた笑い声を発しながら足の一本を紅緒へと振り下ろす。その速度は紅緒の目でも追いきれず、半ば勘で飛び上がると急いで狐面を着ける。
「は……疾い!!!!」
 星動読符の力で先読みして脳裏に流れた映像とほぼ同じタイミングで、別の足が紅緒を吹き飛ばしていた。衝撃は先ほど幼女を守った時に喰らった一撃の比ではなく、紅緒は吹き飛ばされて瓦礫のビルに激突すると、そのまま並んだビル群を貫いて飛ばされていく。
「……がはあっ!?」
 呪装の上からでもはっきりと分かるダメージ。加速によって増える重力に、脳から血が離れて意識が朦朧となる。ぼやけた意識を取り戻させたのは、皮肉にも地面に激突して何度も転がることで全身が打ち付けられた痛みだった。
「――ぷはあっ!? がはっ! はぁ……はぁ……ぐ……はあ……」
 最終的にうつ伏せで倒れた紅緒は、狐面の下で歯を食いしばり、体を起こす。自分を殴りつけたケガレは遠くにその身の丈を見せる。距離にして数十キロ吹き飛ばされてもかろうじて剣は手放してはいなかった。
「あぐっ……ぐ……こ……の……」
 両手の剣を突き刺して、体を起こす。仁王立ちになったところで深く息を吐くと、紅緒のセーラー服と狐面から文様が消えていき、ただの服と面へ戻っていった。
「……呪装をかけていなければ。今のでやられていた……!!」
『あはははははっははははははっはははははっははあああああああ!』
 遠くにいるはずなのに、ケガレの咆哮はすぐ傍にいるかのように届く。地響きを立て、瓦礫を粉々に押しつぶしながら超巨大ケガレは紅緒へと近づいてくる。その速度は圧倒的で紅緒の弾き飛ばされた距離を数分もあればゼロにするだろう。
(……撤退する?)
 右太股のホルスターの中には、現世に帰るための符が一枚残っている。これで逃げれば、一時的には危機から逃れられる。今度は、大量の符を持って、超巨大ケガレを祓うことに集中すれば、勝てるはずだった。
 だが、紅緒はどうしても後方に体が動かなかった。

 ――ケガレを祓い続けること。勝ち続けること。それが……化野家の宿命だ――
 ――はい! 頑張ります!――

 今よりもずいぶんと幼い時の記憶。紅緒は、自分の家とその宿命に誇りを持っていた。
 京都の名家。本土・化野家筆頭。
 その立場の重みを背負うために、紅緒は努力してきたのだ。
 彼女の努力の先に、撤退という文字はない。
「私は……逃げない。どんなケガレも、祓う!」
 紅緒は叫んでホルスターから符を四枚抜き放つと、自分の眼前へと飛ばした。すぐに面を被って呪を唱える。
「轟腕符。金剛符。韋駄天符。星動読符……陰陽呪装!」
 四枚の符が光を放ち、次の号令を待つように宙空へと浮かぶ。自分の力を信じて、紅緒は面の裏で開眼する。
「砕岩獅子(さいがんしし)、急急如律令」
 豪腕符が光に変わり、紅緒のセーラー服の両肩から腕にかけて文様を浮かび上がらせる。
「鎧包業羅(がいほうごうら)、急急如律令」
 金剛符が光に変わり、紅緒のセーラー服の胸部から腹部。背中にかけて文様を浮かび上がらせる。
「飛天駿脚(ひてんしゅんきゃく)、急急如律令」
 韋駄天符が光に変わり、紅緒の黒ニーソックスに文様を浮かび上がらせる。
「来災先観(らいさいせんかん)、急急如律令」
 星動読符が光に変わり、紅緒の被る面に文様が狐の顔を浮かび上がらせる。
 再び纏うは、対ケガレのフル装備。
 体に受けたダメージも今は押さえられ、強化された脚力で紅緒は自ら超巨大ケガレへと近づいていく。ほんの数分で紅緒は超巨大ケガレの眼前へと到達し、右足を前に出して前傾姿勢を取った。さっきまでの構えとはわずかに違い、逆手に持っていた剣を十字に持つ。左手の剣は縦にし、右手の剣は横に倒して交差させる。
「フゥ……」
『いひゃひゃひゃひゃひゃぁああああ!』
 狂い、笑い続けるケガレの声にかき消されるのは、わずかに割れた面の隙間から外にでる呼気。
 紅緒は後方に踏みしめた左足に力を込めると、最大加速で一直線に超巨大ケガレの顔へと突っ込んだ。
 大地は小爆発を起こし、空気を切り裂く音を立てながら飛ぶ紅緒はさながら大砲から打ち出される砲弾。超巨大ケガレは回避することもできずに直撃を喰らっていた。
『うがあぁあああがはああふひひぃいい……』
(……っ!! 思ったよりも硬い!!)
 紅緒が突撃した超巨大ケガレの首元はわずかにへこみ、ひびが入っていた。超巨大ケガレは口を開けて悲鳴とも笑いともとれない声を発する。
「見た目ブヨブヨのくせに……」
 着弾から自由落下に任せていた紅緒は、超巨大ケガレの防御力が想定以上だと感じ取る。軟体のように思える体だが、実際には内側に硬い肉がある。
 これまでケガレ達を一撃で祓ってきた紅緒の、一撃が効かない相手。それでも紅緒はまだ焦ってはいない。
 まだ手がある内は、彼女の中に絶望など存在しない。
「……根比べ……だ!!」
 決意の言葉を口にして、紅緒は必殺の技を放っていた。
「朧蓮華(おぼろれんげ)の舞!」
 初速から最高速度に到達し、超巨大ケガレの体へと剣を立ててぶつかる。一回前の突進と同威力だったが、異なるのは次から。衝突した勢いを緩めることなく地面へ到達し、着地した直後にまた全力の突進をする。超巨大ケガレの体に激突しては弾かれ、反動で地面に叩きつけられる体を両足で支え、勢いをそのまま突進力へと変えていく。
 一秒間に一回のペースで突進を繰り返す紅緒は無酸素運動を続けているようなものだ。ぶつかった際に剣を支える両腕と地面に着地した際に体を支える両足に負荷がかかる。だが、鎧包業羅の防御力を生かして少しでも軽減し、ひたすらに連打し続ける。
 一つ一つが必殺の威力を放つ技をマシンガンのように放っていくことで体力は急激に消費されていくが、紅緒は息を切らせながらも下から上へと突き上げていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
 心臓が激しく脈を打ち、セーラー服の下で汗が噴き出していく。
「ふぅ……はぁ……くっ……はあ……あああ……!」
 剣を握る手の感覚が無くなってきても、握ることだけは止めずに突き上げ続ける。
 超巨大ケガレは大砲並の威力で突き上げられ続けることでダメージは確実に蓄積し、攻めることもできない。
 それでも、絶命までは遠すぎた。
 ピシリ、と大きな音と共に仮面の右側の半分が割れる。右目元までがこぼれ落ち、鋭い瞳が直接ケガレを睨みつける。
「うぅううう……あああああああああああああああああああああっっっ!」
 着地しては全力で飛び上がるという反復運動は百を越え、二百回へと到達する。手足に痛みが蓄積し、遂に二百回を越えた直後の跳躍で、紅緒の体は宙空で動きを止めていた。
(しま――)
 速度を失った紅緒の体は超巨大ケガレには的でしかない。足の一本が高速で上から下へと振り切られて、紅緒の軽い体は地面へと叩きつけられると大きく跳ねた。紅緒の体が着弾した場所は爆発したように地面がえぐれ、破片が舞う。その中を黒いセーラー服が飛んでいき、半回転してうつ伏せで落ちた。鈍い音と共に狐面が完全に割れて、表面を覆っていた文様が消え去った。
「ぐ……が……がはっ……」
 紅緒はガクガクと大きく体を揺らしながら立ち上がろうとする。右足を立て、左膝をつく。前に倒れそうになるのを両手をついて堪えていると、急速に力が抜けていくのが分かった。持っていた剣は衝撃に手放してしまっており、突き立てて立ち上がる助けにすることもできない。
(……まずい……呪装が……)
 面だけではなく両腕。両足。そして胴体の文様が消えてただのセーラー服へと戻る。右腕を動かすだけでも苦痛を伴ったが、なんとか右足のホルスターへと手を伸ばす。だが、そこには呪装に用いる霊符は残っていなかった。
(予備の霊符も、もうない……撤退するしか、ないの?)
 ただ一つ残っていた、現世への移動用の霊符。ケガレを全て祓うと誓った自分を裏切る行為を行おうとする心と、自分の命を秤に掛ける。
 しかし、その秤が強引に壊される。
 全ての力を失い、ボロボロになっていた紅緒は、自分の命を狙う者の存在を完全に忘れてしまっていた。
『あああああああぁあああああああああああ!』
「――!?」
 超巨大ケガレのいる方向の反対側から、地面を突き破って二メートルほどのケガレが顔を出す。双頭から発せられる耳障りな声は紅緒を貫き、頭痛を引き起こした。体はふらつき、倒れそうになったが支えたのは、ケガレ。
「きゃあっ!?」
 紅緒は一瞬で右足を捕まれて宙づりにされてしまった。捕まれた衝撃によってホルスターが右足から外れて、脱出用の霊符が風に揺らめいて離れていく。失態に気付いた紅緒はケガレの手を外そうと左足で蹴りつけるが、岩を蹴っているような感覚しか戻ってはこず、逆に紅緒の足が痛む。
 逆さまにされてスカートがまくれあがり、一分丈のスパッツが露わになる。セーラー服は前で止められているタイプのためずり落ちないが、別のケガレが次々と地面から這いだしてきて紅緒を取り囲み、服に手を伸ばして掴んでくることで臍までが露わになる。
「は、離し……て……う……うう……」
 両腕と左足をそれぞれ別のケガレに捕まれて、持ち上げられた紅緒は手足を別方向に引っ張られる。呪装もない女子中学生の体はいくら鍛えていてもケガレの膂力には耐えられず、付け根から引き裂かれそうな激痛が走る。
「う……うう……うぐ……あああああああああ!!」
 紅緒も堪えられずに絶叫し、痛みに涙が逆さに落ちた。涙が額を伝って落ちていく感触によって自分が泣いていることに気づき、ケガレに敗北したのだという事実が突きつけられる。
(このまま……食べられる……しか……そんなこと……)
 紅緒は何とかこの状況から脱しようと視線をさまよわせる。だが、周囲は完全にケガレに囲まれてしまい、その外側の景色を伺うことはできない。十体以上集まったケガレ達。四肢を掴んでいる化け物達以外も、行動を開始する。
 四体のケガレの外側から腕が伸ばされて紅緒のセーラー服を掴むと、力の限り引き千切っていた。
「きゃあああああっ!?」
 千切られたのは右袖の一部。ケガレは大きな手に似合わぬ繊細さで、両手足の首に近い部分を掴んで固定している。残りのケガレは、その他の部分に向けて次々と手を伸ばし、掴んでは引いてセーラー服をただの布切れへと変えていく。
「やめっ……いや! いやあ! や……あああああ!!!! いやああああああ!」
 袖が無くなり、首から胸元に入った人間の腕ほどある指が手前に引かれてセーラー服は真っ二つになる。背中側は肌を傷つけないまま爪で斬られ、スカートも爪で縦横に斬り裂かれてボロボロと布が地面へと落下していく。
「うう……ひっ……ぐっ……ううう……」
 禍野の空気を直接肌に触れさせる屈辱と、無防備な裸体を晒すことになる恐怖がない交ぜになり、紅緒は大量の涙と嗚咽を漏れさせる。
 数分もしない内に、紅緒はほとんど衣服を身にまとわぬ姿へと変えられていた。セーラー服の内側に着ていたシャツも下着も剥ぎ取られて、まだ膨らみが少ない乳房が露わになる。体には所々、これまでの戦いで付いた青あざが浮かんでおり、きめ細やかな白い肌の中では異質に浮かび上がる。スカートも爪によって体から離れて、穿いている一分丈スパッツと黒ニーソックスだけが今の彼女が身につけているものとなった。
 呪装もなく、武器も服もない今、紅緒はただ補食される一般人と変わりない。
「ごめん……なさい……ごめんなさい……」
 ケガレに勝ち続けると誓った自分への謝罪。誓った相手への謝罪。
 口から漏れた「ごめんなさい」は紅緒が受け入れるしかなかった敗北を、遂に認めた証だった。
「助けて……誰か……」
 自分のように禍野へと入ってケガレを退治する陰陽師。数少ないが存在している他人に助けを求めるも、この場に都合良く現れる者は、いない。
『あぁああああああひあいああああああああ』
『あばひやひゃひゃひゃはひゃひゃひゃ……』
『いー! いぃいいいいいいいいい!』
『ぶぶぶっぶぶぶぶぶぶうぶうぶぶぶぶっぶぶぶぶ』
 手足を掴んでいた手が次々と離れ、掴まれるのは右足だけとなる。だがその手は離されることはなく、紅緒はケガレ達の顔の前へと掲げられる。四体のケガレの声が近づいてきて、口が大きく開かれると食べられるのだと覚悟して目を閉じた。
 しかし、その直後、背筋を駆け抜けた悪寒に紅緒は絶叫していた。
「きゃあああああああああ!」
 顔に付着したケガレの舌が、そのまま股間まで舐めあげられていた。ケガレの涎が顔と体に一本線を引くように付着し、その冷たさと臭さ。ざらついた舌が体を這う感覚におぞましさを覚えて目を見開く。
「や! 舐めなっ……きゃああ! やああ! いやあああああ!」
 ケガレ達は逆さとなった紅緒の体を舐め始めていた。前後左右に位置どったケガレ達は真正面なら顔から下腹部まで。背後なら後頭部から背中、尻まで。左右からは両腕や足の太股付近まで舌が動き回る。
「うぶっ……ぶぶっ……ぶはあ! ああ゛! や゛! い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! はぐっ……おえっ! げえっう! む! むうううう!」
 不快感に耐えきれず口を開ければ、垂れてきた涎が口に入ってしまう。臭いだけではなく味もひたすら不快で、紅緒はこみ上げてくる吐き気を押さえずに胃液と共に吐き出した。その後は口を閉じるものの、より気持ち悪さは増していく。涎でコーティングされた体に更に涎が塗りたくられる。垂れ下がっていた黒髪にも毛先にまで浸透してボタボタと地面へ跡を作り出す。
 人間が棒についた飴を舐める時と似た動き。自分はお菓子扱いなのだと連想すると紅緒は唇を噛みしめる。
(こんなこと……嫌……誰か……助けて……誰か……)
 舐められる感触に反応して震えるだけの体。垂れ下がる両腕も、膝を折った左足からは靴が脱げて落ちていく。
 舌が這う不快感が、塗りたくられた唾液の量によって遮られるまで舐められた後にようやく紅緒はケガレ達の舌から解放された。ドロドロの液体を被ったような状態で、白い素肌に唾液が塗られていない箇所はなく、その濃度で肌の本来の色すらもところどころ見えなくなっている。サラサラと風になびいていた髪の毛も唾液によって互いに張り付き、重さを増して紅緒の首に負荷をかけた。
「はっ……はぶっ……ぉえ……えっ……げほっ……ごほ……」
 涙と嗚咽を流し、ケガレになぶられる恐怖に震える自分を、もう紅緒は情けないと思えなかった。あるのは助かりたいという想い。ひたすら不快な現状から助け出してほしいという想いが強くなる。
 その想いは誰かに届くことがないままに、ケガレ達は次の段階に移った。
「きゃっ!?」
 右足を掴む手が急に動いて、紅緒はケガレの頭の上に移動する。わずかに瞼を開けると、そこには開かれたケガレの口の中が見えた。直後、右足が解放されて紅緒の体はケガレの口へと入る。そのまま飲み込まれるのだと怯えたが、口の中でとどまって舌の上で転がされ始めた。
「きゃあああ! あぐっ! やめて! ああ゛! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!?」
 たっぷりと涎を分泌されて飴玉のように頃がされる。口に入れられ歯で食いちぎられればすぐに命が終わるという場所で、その可能性が頭を占めたまましゃぶられ続ける。
 陰陽師として戦いに敗れて、人間という餌としてケガレの好きにされる。いつでも命を奪われるという普段と逆の立場に、紅緒は涎とは異なる液体が股間から流れ出るのを感じていた。
「ひぐっ……うっ……うっ……うっ……ううっ……!!」
 股間から流れる小水はショーツとスパッツに吸い込まれ、布地の表面を舐めたケガレが飲み込む。口内にたまった唾液にも混じり合い、自分の排泄した小水を自分に浴びることにもなるかもしれない。体感時間で五分ほど経った後で、ケガレの口が開かれて紅緒が取り出された。
 腹部を指で摘まれて持たれているのは、正に飴玉と変わらない。体勢が変わったことで背中や顔。鎖骨を通って胸元へと張り付く髪の毛。ボタボタと垂れ落ちる涎がはっきりと見える。
 休まる間もなく次のケガレの口内で転がされて、味を堪能されては次に移される。鼻は完全に麻痺していたが、めまぐるしく動く視界によって酔いを起こし、頭が何度も揺さぶられて脳しんとうを起こす。紅緒は意識を何度も失っては引き戻されるということを繰り返し、自分の状態すらも理解できなくなっていった。
『ぶぶぶぶっ!』
 その場にいた最後のケガレが口の中から紅緒を吐き出して、地面へと叩きつけた。呪装も何もない体は激しく打ち付けられて、紅緒は激痛によって意識を取り戻す。だが、腕一本、足一本動かせずにうつ伏せで呻くだけ。
 涎によって貼り付いた髪は視界を斜めに横断して奪っている。おでこには切りそろえられた前髪が。伸ばした長髪も例外なく背中に貼り付いている。口内で蹂躙される前と変わっているのは、一分丈のスパッツとショーツの位置だった。舌の上で転がされる中で徐々にずり落ちていったのか、太股の中程に移動している。適度な丸みを帯びた尻をケガレ達に見せることになっても、紅緒は羞恥も感じられない。
『ばばばばばばばばぁあああ』
『あははあはあぁああああああ』
 ケガレの指が伸ばされて簡単にスパッツを破ると、紅緒の体は宙へとつり下げられた。短く切りそろえられた陰毛の下にある膣口は堅く閉ざされていて、少女らしさを見せる。それを解する知識をケガレは持っていなかったが。
「も……やめ……ゆる……し……た……けて……」
 途切れ途切れに言葉を発する紅緒にもはっきりとした意識はない。ひたすらに助けを求めるだけの存在と化した紅緒を、ケガレ達はまだ堪能する。
 口の中で転がし、吐き捨てる。数メートルの高さから落とされても、鍛えられた紅緒の体は彼女が死ぬことを許さない。体を濡らす唾液によって付着した砂利を口内で綺麗に舐め取られては汚されて、また舐め取られる。
 繰り返し汚されていく悪夢のような時間がどれくらい過ぎたのか、紅緒が全く理解できなくなったところで、終わりはやってきた。
『げひゃははははっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……』
 それまで動きを止めていた超巨大ケガレが体の表面から糸を吹き出して、地面に倒れた紅緒の両足をからめ取ると宙空へと持ち上げる。両足を揃えられて逆さ吊りにされた紅緒の体は、地面に吐き捨てられた時の打撲痕と土埃によって裸体を晒した頃の肌はなくなっていた。
 ひたすら使われて汚れきったぼろ雑巾のような肌と、血を流して赤黒く染まった顔。
 髪の毛も涎と土埃のせいで黒はくすんだ灰色に近くなっていた。
「ぁ……ぅ……は……ぁ……」
 息も絶え絶えにかすかに体を振るわせても、もはや紅緒は指一本動かすこともできない。超巨大ケガレの口元まで移動させられた紅緒は糸が切れると共に口内へと入り、そのまま口は閉じられた。
『ばあああああああああああああああああああああああああ!』
 口を通り抜けて、ケガレ体内へと入り込んだ紅緒は食道を通り、胃へとその身を落とす。涎とは異なる液体の中へと体がぼちゃりと音を立てて落ちても、もはや紅緒は顔を上げることすらできない。
(たすけ、て……だ……れ……か……死にたく……な……い……)
 壊れた電球のように明滅を繰り返す意識。その合間に助けを思い浮かべても、誰にも届かない。
 感覚が麻痺した体が、徐々に溶けていく痛みを感じ取れなくなるほどに心も体も磨耗したことだけが、紅緒への救いだった。

 こうしてまた一人、陰陽師はケガレの手によって葬られた。
 彼女の死後も、戦いは続いていく。
0



コメントを書く

この記事にはコメントを投稿できません





AutoPage最新お知らせ