虚像の怪物IF・前編

  | 投稿者: 月華守屋

霊能探偵ルナ&サイコより、二人の凌辱物です。
不信な自殺が相次ぐ学園に潜入した霊能探偵ルナ&サイコ。しかし、数々の危機を乗り越えてきた二人の予想をはるかに超える怪物が、学び舎の中に潜んでいた。

前編は学園の怪物との闘い。そして敗北までを描きます。後編に無残な凌辱パートです。



 霊能探偵。警察の捜査では突き詰められない謎に対して霊能力を駆使して犯罪解決へと導く探偵が存在する。彼ら彼女らは普段の人達と交わることのない裏家業の人間。
 警察の人間もごく少数しか知らず、その少数がどうしても解決できない事件が、時間をかけていられない事件に対して動く。
 その霊能探偵の中でもトップクラスの二人組がいた。
 鬼龍院ルナ。神園祭子。
 少女から大人の女性に変わりかけていると言われてもおかしくない年齢でありながら、ルナは銃器の扱いと格闘力に特化しており、サイコはサイコメトリー等の霊能力の精度は日本に現存する同業者に影を踏ませないほど突出していた。

 今回の依頼は学園内で起こった自殺の調査。
 自殺者が相次ぐ学園に学生服を身にまとって潜入したルナとサイコは、新たな自殺者を霊視して、背後に生徒会長の氷室の影を見つけたのだった。

 * * *

 1.襲われたサイコ


「びっくりしたよ。なかなか起きないから」
 ベッドからゆっくりと体を起こしたサイコに安堵の視線を向けたルナは、ほっと息を吐く。学園長にあてがわれた女子寮の一室。そこに、異質な二人がいた。
 一人は丈の短いジャケットの下に全身をぴったりと覆ったボディスーツを着た鬼龍院ルナ。高校生の制服を着れば十代に見えるがれっきとした二十歳過ぎ。長い髪の毛を首の後ろから細く毛先まで結んでいる。瞳は意志の強い光で満ちていて、どんな悪も射抜くような力を発散させているようだった。
「自殺直後の死体を霊視して、精神が同調したから危うく死の世界に引っ張られそうになったわ……でも結局、犯人は見えなかった」
 ベッドに横たわっていたのは神園祭子。ルナの黒髪に対比するように色素の薄い髪を頭部にゴムとチェックのリボンでまとめて背中へと下ろしている。寝間着として使用している生地の薄い白い着物の胸元を掴んで、気絶する前に感じた恐れを押さえ込んでいた。
「見えたのは死の恐怖と、その心を映し出したような怪物くらい」
「案外、その怪物が犯人かもね」
「ふざけないで、ルナ」
 ルナに対しての口調に棘がないのは、疲労していることも大きかったがルナがサイコを元気づけようと振る舞っていると分かっているからだ。共に死線をくぐり抜けてきた相棒の考えていることはサイコには手に取るように分かる。
「たまには調子悪い時もあるって。ゆっくり休みなよ。私は、飛び降りのあった屋上を見てくる。そのあと氷室を洗ってみるわ」
「気をつけて……」
 ルナは立ち上がってサイコにウィンクすると無骨な靴に似合わず、音を全く立てずに部屋から去っていこうとする。その背中を見た瞬間に、サイコは咄嗟にルナを呼び止めていた。
「ルナ。待って! これを持っていって」
 部屋から出ようとしていたルナは振り返り、サイコへと早足で近づく。サイコはベッドの周囲を見回して、枕元に置いてあったペンダントを見つけると、ルナへと差し出した。
「持って行って。私の霊力がこもっているから、もし霊的なものに襲われても守ってくれるはず」
「うん。分かったよ。じゃ、本当に行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 力強く頷き、ルナは一人で部屋から出ていった。サイコ以外いなくなった部屋は静かで、他の部屋の物音も聞こえない。防音については完璧で、サイコはほぼ無音の中で天井を見ながら考える。
「おかしい。どうして霊視で見えないのかしら……こんなに手がかりがあるのに」
 何かが真相から自分を遠ざけているように思えて、サイコは胸騒ぎを覚える。本来、学園内での事件というのは何度も死にそうな目にあってきた彼女達からすれば穏やかな方だろう。しかし、サイコは学園という場所に不釣り合いな悪意を感じざるを得なかった。テロ組織のアジトへと潜入して壊滅させた時と類似した感覚が一人になると込み上げてくる。
 その時、コトリ、と音が鳴った。
「誰? ルナ?」
 自分が立てなければ物音が鳴るような要素は部屋にはない。
 サイコは視線を天井から逸らそうとして、自分が全く動けないことに気づいた。
(か、体が動かない……)
 瞼も閉じれない状況でサイコの目に入ってきたのは、人間に似て非なる化け物顔を持った芋虫のような生物だった。
(ひっ!?)
 顔がついている部分はサイコが両腕を広げてようやく抱えるくらいの大きさで、視線を下げるほどに先細りになっていた。顔や胴体からは幾本も人間の腕あるいは触手がうねうねと動いている。口や体から流れ落ちる体液が見た目のグロテスクさを強調していた。
(これは現実……? いえ……これは霊体、だわ)
 実体のある物ではなく霊体。
 しかし悪霊ともまた異なる気配にサイコは困惑する。そもそも人間や動物の霊ですらない。いわばいくつもの霊体を取り込んだ合成獣(キメラ)のよう。
(怪物……)
 ルナが冗談半分に口にした単語が蘇る。この学園の裏で暗躍していたのは、彼女の言うとおりこの怪物に違いない。
『おまえ……どんな力がある?』
「え!?」
 唐突に脳内に響いた声にサイコは驚く。自身が発した声も、体を動かすことができないことから実際の声ではなく思念によるもの。サイコはここに至り、自分の霊体もまた自分の体からほんの少し浮き出ているのを自覚する。怪物の気配に触れて、霊視をする際に踏み込む精神世界の側へとわずかだが踏み入れていた。
(あっ!? いやっ!)
 霊体のサイコは、体に落ちてくる怪物の体液の感触に身悶えした。霊体は体と繋がっており、受けた感覚は肉体的ダメージこそ受けないものの感覚として体に宿る。霊体が斬られれば斬られたような痛みに。殴られたならば殴られたような痛みに襲われ、場合によっては精神が限界を迎えて死に至る。
 今、サイコの霊体には怪物から落ちてくる体液が次々とかけられていた。
(き……もちわる……い……! やめっ……やあっ!?)
 のぞき込んでくる怪物の口から出る涎は喉元を。胴体から出る体液は胸元や腹部。そして下腹部を流れ落ちていく。生暖かく、体の表面を滑る液体の粘つきはまるで体を舌で舐め回されているかのようだった。
(うっ! あっ! んぅうう!)
『オレと同類だ。力を持っている』
 臑の部分以外を全て体液に濡らしたサイコに向けて、怪物は体から生えた複数の手を伸ばし始める。乳房を掴み、腹部を撫で、陰部をこすり上げるとサイコの声に嬌声が混じり始めた。
(やっ! 触らな……きゃあ! やっ! あっ! あんっ! ひいっ!?)
 複数の手が乳房を丁寧にこね、乳首を引き出すように摘み、いじりまわす。腹部から下は丁寧に掌が体液を引き延ばしていくように撫で、くすぐったさにも似た感覚を引き出す。
 陰部は下から上へとこすり上げられて、敏感な箇所はサイコの意志に反して反応する。丁寧な愛撫は下腹部を反射的に動かして、リンクしているサイコの肉体もかすかに動き始めた。
(このまま……じゃ……飲まれてしまう……んっあっあっあっあっあっあっ……やめっ……あんんっ!? はぁ……はぁ……んんんっ!?)
 必死になってサイコは体の自由を取り戻そうと意識を集中する。
 少しだけ自由が復活すると、霊体の両手を掲げて相手を押し返そうとした。しかし、サイコの両腕は触手のように伸びた腕がからめとって頭上へと引っ張り上げ、化け物とサイコが障害物なく向かい合う形になった。
『抵抗を……するな』
(きゃうっ!? あぐあっ! あ゛! あ゛! あ゛! あ゛!)
 がら空きになった霊体の腹部へと別の腕が何本も振るわれ、拳が陥没する。骨が折れるということはないが、衝撃にサイコは咳き込み、痛みに顔をしかめ、瞼を開けられなくなった。かすかな抵抗すらも暴力で封じられたサイコは霊体をむさぼられて快感を引き出される。
 その快楽はサイコの意識を逸らし、女としての喜びを思い出させた。霊能探偵として事件に当たってきた日々の中でもここまで性的に責められたことはなく、まだ異性との経験がないサイコにはなすすべがない。
(あっ……なにか……くる……んんっ……あっ……あああああっっ!?)
 乳首を強く摘まれ、さらに陰部のクリトリスを弾かれると同時に、サイコはこみ上げてきた衝動に耐えられず、仰け反って絶叫していた。
 実際の声ではないが、サイコの肉体も苦しげに口を開けてよだれを垂らし、仰け反ることで布団を押し上げている。怪物はサイコの反応をしばらく眺めていたが手達を肉体へと引き寄せてサイコの霊体を解放すると告げる。
『探ってみたが分からんな。敵か? 味方か? いずれにせよこそこそ嗅ぎ回って目障りなんだよ』
 怪物は口を大きく開いて、サイコの霊体の頭から上半身に影を作る。サイコに見えたのは大小さまざまな大きさの牙。噛みつかれれば霊体は間違いなく引きちぎられる。獣に食われた人間の死体のように。
(喰われる!?)
 サイコは次にくる激痛に耐えるように、力を込めて瞼をきつく閉じる。そんな抵抗など無意味だと分かっていても反射的な行動。しかし、生身の全身にも広がった力はサイコの指先をほんのわずかだが動かしていた。
(――っ!)
 ほぼ頭を飲み込まれた瞬間に、サイコの肉体は両手を掲げて突き出す。そこから霊力が解放され、光が部屋全体を照らし出した。
 光は怪物の体を消し飛ばし、数秒後には正常な状態に戻っていた。
「はぁ……はぁ……ハッ!?」
 手を突きだしたままで肩で息を切らせたサイコは、すぐに瞼を明ける。すると、わずかに開いた扉から身を引く人影が見えた。
(あれは……!)
 すでに自分へ怪物を差し向けた男は消えていたが、サイコの瞳は誰なのか理解できていた。
 次に思い浮かぶのは、屋上へ向かったルナのことだ。
 自分の髪を結んでいたリボンがいつの間にかなくなっていて、ゴムのみになっていることに気づいたサイコは、ある考えに至る。サイコを襲った相手がルナに対して、サイコに何かしたのだという証に見せつけるに違いない。
「ルナ……一人じゃ、やられる」
 サイコは突っ張っていた両腕を下げて、ベッドから足をそろえて床に下ろす。だが、気怠さに立ち上がることができない。体は火照って、じんわりと滲む汗に白襦袢が濡れて肌に貼り付いている。特に股間からは女の密がかすかに流れ出していて、羞恥にサイコは頬を染めた。霊体を舐め回された感触が体に作用していて、少し動くだけでも敏感になった体は快感を求めてしまう。体も精神も落ち着くのはもう少し時間がかかりそうだった。
「こんなに離れちゃ、私の力じゃ届かない」
 立ち上がって歩こうとしたサイコはバランスを崩して倒れてしまう。体の疼きに耐えながらも四つん這いになって進んでいき、どうにか扉の傍へたどり着くと、壁に手を突いて再び立ち上がった。徐々に火照りは収まりつつあるが、体力の低下も手伝って移動速度は上げられない。焦燥感が高まって、サイコは胸が締め付けられていた。
「ルナ……犯人は恐ろしい力を持った超能力者よ。気をつけて……ルナッ!!」
 死線をくぐり抜けてきた自分達をも脅かす存在が、サイコの中で確信に変わる。サイコはほんのわずかでも間に合う可能性に賭けて、壁づたいに歩いていった。


 * * *


2.ルナの戦い


 背後から扉が開く音がして、ルナはしゃがんだまま問いかけると同時に振り向いた。
「サイコ?」
「はずれ」
 答えたのはサイコではなく、よく通る男声。聞き心地のよい声は、自殺者が出た深夜の屋上というシチュエーションでなければ聞いた女性の中へと甘く染み込んだかもしれない。あいにく、ルナは大半の女性とはかけ離れていて全く声については動揺することはなかったが。
「氷室……」
 現れた氷室と、傍にいつもいる蛭田は学生服のポケットに両手を入れて、勝ち誇った笑みを浮かべてルナを見ている。氷室はルナよりも頭一つ以上身長が高く、180センチを越えている。
 彫像のように整った顔についた冷たい瞳がルナを見下ろしていた。
(なんて……冷たい眼だ)
 背筋が泡立つのを感じてルナはすぐに戦闘態勢を取る。昼間に一度、学園長室で会った時には感じられなかった邪悪な気配がひしひしと伝わってきて、ボディスーツの内側に汗が滲む。
「ひひひ……怯えてるのか? ひひひひ……」
 隣に立っている蛭田は逆に、ルナとほぼ同程度の身長で目元を前髪で隠している。歪んだ口元から笑っていると判断できるが、隠れた目元から体を舐め回すような視線が漏れ出ているように思えて、ルナは不快感に歯を食いしばる。一歩氷室が進む度に一歩下がるルナ。氷室は胸ポケットから何かを取り出して口元に当てながら、告げる。
「どうしたんだ? 自殺のこと調べに来たんだろ? てっとり早くオレに聞いたらどうだ?」
「そ、それは……!?」
 氷室が口元に当てた布は、ルナにはよく見覚えがあった。チェックのリボンはサイコのトレードマークとも言うべきもの。ついさっき、ベッドに横たわっているルナの頭についていたことを思い出す。それが氷室の手の中にあるという事実はルナに最悪の想像をもたらした。
「きさま! サイコに何をした!!」
 怒りに顔を紅潮させ、唾混じりの叫ぶルナに対して氷室はリボンを口の端に咥えたまま冷静に答える。
「まだ何も」
 口元からリボンを手に取り、再び学生服の胸ポケットにしまいながら、氷室は余裕を保ったままで言葉を続ける。
「あの女は使えるかもしれない。利用価値があれば、生かしといてやってもいい」
 氷室の佇まいに一点の曇りなく、ルナは冷や汗の量が多くなっていくのを感じとる。ただの学生と考えていた氷室の真の顔は、これまでルナがくぐり抜けてきた死線の先にいる敵とそう変わらない。学園内という本当の恐怖とは無縁の世界にテロ組織と変わらない狂気が潜んでいたことに、ルナは改めて脅威を認めた。
(こいつは、ただの学生じゃない。理解しないと、こっちが殺される!)
 ルナの心を読むように、氷室は両手を広げて自分のことを語り出す。あたかも、空から天使が降臨する時を表現するかのように。
「オレには力がある。他の人間とは違う力だ。なぜか分かるか? それは他の人間を支配するためなのさ」
「……そんな自分に都合のいい理由があるわけない」
 ルナの言葉にも氷室は表情を崩さない。霊能探偵としてトップクラスの実力を持っているルナを前にしても全く怯むことなく、むしろ場の雰囲気を支配してルナを気押している。ルナも自分が追いつめられているという事実から眼を背けずに、相手を強敵と認識して身構えた。
「ふふ……学校を恐怖で支配するのは、楽しかったよ。だが、まだまだ足りない」
 一歩ずつ近づいてくる氷室と距離を取るようにルナは後方に下がっていく。自分へと向けられる冷えた視線が、ボディスーツを貫いて肌に直接突き刺されるように感じて体を震わせる。薄く体のラインを強調するスーツは防御力も高く、彼女が銃弾や刃物の嵐から何とか生きてこれたのもスーツのおかげだ。しかし、その薄さがまるで氷室の前では裸に剥かれているように感じて、今度は羞恥に頬が赤らむ。
「いずれはこの町も。国も。世界中を支配してみせる」
 氷室の言っていることはルナには荒唐無稽にしか聞こえない。確かに異質な能力を持っているかもしれないが、一人で世界をどうにかできるとは思えない。
 だが、氷室は一点の曇りなく自分の力を信じてルナへと告げていた。
「おまえらクズどもを全てだっ! 死んだ連中と同じようになっ」
 氷室は右掌をルナへと向けて突き出す。同時にギィイイイイ! と金属の表面を傷つけるような音が鳴り響き、ルナの瞳に光が飛び込む。
 そして、氷室の足下から泥で出来たような肉体を持った怪物が飛び出してきた。
「なんだこいつはっ!?」
 驚愕に悲鳴を上げたルナは怪物を見上げる。体長は三メートルを越えて完全にルナを自分の影に包みこんでいる。人間のしゃれこうべに黒髪がまばらに貼り付いており、背中からは計六つの泥で出来た顔が伸びていた。腹部や足、さらに腕にも形の崩れた顔面が浮かび上がっている。
 合計二十にもなる顔が、一斉にルナへと視線を向けていた。
『オレの能力。それは人間の持つ恐怖心を最大限に増幅する超能力なのさ』
 ルナは聞こえてくる氷室の声を無視して、怪物から離れるように後方へと飛んだ。怪物は右拳を振り下ろしてルナが一瞬前にいた場所に拳を突き立てる。すんでのところで躱したルナは、同時にジャケットから取り出していた銃を着地と同時に連続して怪物へと撃ち込む。
 ドンドンドンッ! と腹の底に響く音と同時に散る火花。だが、怪物に向けて放たれたはずの銃弾はすり抜けたのかも分からずに消失した。
『ひひひ。銃なんか効くもんか』
「なに……?」
 蛭田の下品な声が能に直接届いてルナは眉をひそめる。続いて氷室の声もまた、脳の内側に直接語りかけているかのような近さで聞こえてきた。
『鬼龍院ルナ。その怪物は、お前の心の中の恐怖心そのものだからさ』
 目の前に悠然と立ち上がり、ルナを見下ろす怪物。ルナはにじみ出てくる汗を拭い、すぐさま銃を撃った。
「じゃあお前を撃つ!!」
 ついさっきまで氷室達がいた場所へと銃弾を放ったが、手応えはない。更に、いつしか周囲は屋上ではなくなっていた。黄土色に歪んだ部屋の中に閉じこめられたかのように空も何も見えない。いたはずの氷室と蛭田の姿もまたなくなっていた。
『無駄だよ。もうここはお前の恐怖一色の世界。お前にはオレの姿が見えない。だが、オレにはお前の恐怖が見える』
 氷室の声は複数の声が重ねられたように歪んで空間に反響する。ルナは何とか落ち着こうと、深呼吸をしながら自分に言い聞かせた。
(おちつけ。これは幻覚だ!!)
 目の前に迫る怪物に対して、瞼を閉じる。幻覚なのだから惑わされることなく精神を集中させる。そうすれば、氷室達の場所も掴めるはずだと。だが、ルナは唐突に左肩を抉られてバランスを崩した。
「そんな!?」
 ルナは傷ついた左肩を押さえながら眼前に立つ怪物を見上げる。右腕に生じた鎌の先には血が付いていて、自分の肩から血を流させた一撃を放ったのは疑いようがない。氷室の説明ならば心の恐怖を増幅させて見せている幻影であるはずなのに、体に現実に浸食してきている。
 流れ落ちて作られた血の跡を見て、ルナは全身の毛が総毛立った。
(この怪物……本物!?)
 次の瞬間、ルナは自分の体から何かが抜け出ていく感覚にふらついた。そしてすぐに周囲に泥が広がっていき、怪物達が大量に姿を表す。ルナの視界で捉えられるのは十五体。怪物達はルナを扇形に取り囲むように現れていき、各々の巨大な顎を大きく広げて牽制してきた。その背後にも次々と新たな怪物が生まれ出ていくのが見える。
『すばらしい! 想像を超えた恐怖の体現だ!』
 反響する氷室の声にも歓喜が宿る。ルナは自分を取り囲む怪物達を見て、足が震えるのを止められない。これまで何度も感じてきた死への恐怖が一気に襲ってきたかのような感覚に顔を青ざめさせて後ずさる。
 今のルナには分かるはずもない。サイコが襲われた時と同様に、氷室が扱う能力は相手の恐怖を怪物のイメージとして精神世界側へと再現すること。そして、対象者の魂のイメージを肉体からほんのわずかだが引き出すことにある。当の本人は生身のままと勘違いするほどの誤差であり、魂ならば恐怖のイメージによってダメージを受ける。そのダメージは体へとフィードバックされてしまう。もし、死ぬほどのダメージを受けたなら現実の肉体も心臓発作で死へと落ちるだろう。
 もうルナには今、見えている世界が現実と差がつかなくなっていた。
『霊能探偵ルナ&サイコ。君達のことを調べさせてもらったよ! 幾多の死線と修羅場をくぐり抜けてきたお前の恐怖はすばらしく大きく強いぞ! こんな学園にいる日本の平和ボケした学生にはない恐怖だ!』
 怪物達の腕が同時に振り上げられて、ルナへと振り下ろされる。ルナは震える足に拳を叩きつけてから飛び退き、何とか躱すもジャケットの一部が裂かれる。着地した直後に背後から振り下ろされる鉈の形状の腕をしゃがんで躱し、四つん這いの体勢から横へ転がり逃げる。ルナの動きを追うようにして床に次々と叩きつけられていく腕の一振り一振りが、ルナを簡単に押し潰してしまうように見える。
「くっ……そおお!」
 自分を鼓舞するように吼えたルナは、転がり続けていたところから立ち上がり、駆け抜ける。出口を求めてもどこにもなく、立ちふさがる怪物に進路を変えざるを得ない。
『逃げろ逃げろ。恐怖が恐怖を呼んでどんどん大きくなる! ちっぽけなおまえなんか簡単に押し潰されてしまうぞ!』
 氷室の声が起爆剤となるように、ルナの駆けていく方向に怪物達の顔が伸びて包み込もうとする。囲まれることを避けるようにルナは進行方向を転換しようとしたが、死角から背中に手刀が振り下ろされた。
「あうっ!?」
 ジャケットと一緒に切り裂かれる背中。血が噴き出し、激痛に意識が遠のきかける。前によろめいたルナに向けて別の怪物が拳を腹部へめり込ませ、背後に弾き飛ばされた体を更に別の個体が蹴りつけて前方へと弾き飛ばす。
「あぐっ! あ! あぁあああ!」
 足へ。腕へ。そして腹部へと次々と鋭い爪が走る。すでにルナは自分の足で逃げることは出来ず、ピンボールのように怪物達の中で、攻撃による反動で弾き飛ばされるだけ。ルナは激痛と揺さぶりに意識が遠のいていく。
(どうして……本当に……実体、が……?)
 氷室の言うとおりならば、現実ではありえないはずなのに体が傷ついていく。謎が解けず、もう逃げる体力もなくなったルナに、遂に怪物達の牙が突き立った。
「う……あぁぁああああああああああ!?」
 胴体を鷲掴みされて、長い爪が腹部へと食い込む。別の怪物が牙を乳房へと突き立てて噛み千切らんとし、更に別の怪物が左太股から血を滲ませる。次々と食らいついてくる怪物達の猛攻に耐えられずにルナは遂に全身の力を抜いて倒れた。
(こわい……体が……冷たい……このまま死んでいくんだな……)
 霊能探偵として生きてきた中で、出血多量で死にかけた時と同じ感覚が蘇る。自分の体から魂が離れていくようで、食いちぎられていく自分を俯瞰して眺めているように思えてくる。意識が消えていくことに抗おうとしてもあらがえない。
(これが……死……)
 うっすらと開いていた瞼が閉じられて、視界が闇に包まれる。ルナは睡魔に襲われて、眠りにつく直前にまで落ちていた。
 そこで、ほんのわずかな暖かさが生まれたのを感じ取る。
(……?)
 それは冷たくなった体をほんのりと暖める。冷え切った体にはそれだけでも十分な暖となり、消えかけた意識が現実へと引き戻された。
(この、暖かさは……ペンダントだ。サイコがくれた)
 暖かさを滲ませていたのは調査に出る直前にサイコがルナへと渡したペンダントだった。か弱い光が与えてくれる力に、ルナは手をついてゆっくりと立ち上がる。
(サイコが……導いてくれる。そうだ、あたしは。あたし達は……)
 自分の体をむさぼっている怪物達はそのままに、青ざめたままの顔でルナは呟く。
「死線をくぐり抜けてきたあたしの恐怖は確かに大きい」
『ほほう。まだ立ち上がる力があったか』
 氷室は立ち上がったルナにも余裕を持って呟く。顔色は悪く、かろうじて立てているだけであり、更に誰に向けて言うわけでもない独り言を呟いている時点で意識が朦朧としていると判断していた。
「だが……死線をくぐり抜けてきたからこそ言える」
 さんざん怪物達に嬲られて手放すことなかった銃をゆっくりと掲げて、ルナは徐々に視線を移していく。氷室が立っているのはルナのちょうど九十度左。その銃口が自分を向いても、まだ氷室には余裕があった。
「人間の心の中には、恐怖より強いものがいっぱいあるんだ! お前はそれを知らないっ!! なめるなあっ!!」
 裂帛の気合いと共に引き金が引かれ、銃弾が一発放たれる。その弾丸は氷室の頬を掠って血を少量だが飛ばしていた。ルナは引き金を引く瞬間に体を回転させて、氷室がいた場所に銃口を向けたのだった。
『ば……バカな……オレの姿は見えないはず』
 氷室はルナの姿を見たまま後方へと下がる。ルナは左手に銃を持ち、まっすぐに氷室へと向けていた。銃口がはっきりと見えて氷室は冷や汗を流すも、あることに思い至って余裕を取り戻す。
『そうか。プロを名乗るだけあって勘は良さそうだ。だがまぐれだな。ハッハッハッハッハァア!』
 不可解な出来事への答えを見つけて勝ち誇ったように笑う氷室。だが、次に鳴った二発の銃声は氷室の矜持を打ち砕く。
『ぐあっ!?』
 左肩と右太股に銃弾が命中して氷室は痛みによろける。どちらも貫通していたが、傷口から溢れ出す血を見て顔を青ざめさせた。
「手と足を狙った。次は心臓だ」
「な、なぜ……」
 またまぐれだと反射的に考えて、氷室は射線から逃げようと右にずれる。しかし、ルナはすぐに叫び、銃口の向きを変える。
「右に逃げても無駄だ! ほら、今、立ち止まった!」
 氷室は認めざるを得なかった。ルナは完全に氷室を眼で追っている。そして、着実に体に穴を開けてくる。既に空いた傷口から流れていく血液。一緒に体温までも外へ流れ出していくように思えて震え出す。
「オレの能力は効いているはずだ……なぜオレの位置が分かる……なぜなんだ……」
 ルナは無言で銃の引き金をゆっくりと引く。宣言通り、心臓を狙ってくるのだと悟った氷室は、恐怖に涙を流して後ずさる。
「やめ……ろ……撃つな……撃つなよ……うあぁあああ!?」
 その足下が、急になくなっていた。
 ルナの恐怖で作り出された空間に流れ込む別の恐怖は、氷室の足下に大きな穴を開けた。
「た……助けてくれ! 喰われるっ!?」
 氷室の体を包み込むように口を開き、逃がさぬように触手でからめ取ったのはルナを襲った怪物と似たものだった。当然、ルナの目にもその光景は見えている。しかし、襲われている氷室の姿はぼんやりと黒い影となり見えていない。ただ、胸元にぼんやりとした光が見えている。ちょうどルナの胸元にかかっているペンダントが発する光と同種のものが。
「ばかな男……自分の恐怖を暴走させてしまったのね」
 聞こえてきた第三者の声が、相棒のものだと分かってルナは安堵する。そして、悲鳴を上げ続ける氷室に向けてルナは告げた。
「あたしも霊能者よ。あんたがポケットに入れてたサイコのリボンが、場所を教えてくれたわ。そして、あれだけ襲われてもお守りが全く切れていなかった……だから、やっぱりこれは現実じゃないって分かった」
 ルナは自分の姿を見下ろす。全く傷一つないジャケットに、ボディスーツ。ただ疲労感だけは肩に重くのし掛かる。自分の体ではなく精神が疲弊させられていたということをはっきりと自覚したことで、恐怖の呪縛から逃れることができたのだった。
「謝る! 助けてくれーっ!?」
 ルナとは異なり、氷室は自らが生み出した怪物に飲まれようとしていた。いつも他人を恐怖で追い立て、殺していた氷室。無様に命乞いをする相手に、ルナは平然と言い放った。
「あんたがおもしろ半分に殺した生徒達も。そうやって命乞いをしたはずだ」
「ギャァアアアアアアアア!!」
 恐怖の怪物に飲み込まれていく氷室を見ながら、ルナは呟く。
「人の命をもて遊んだ罪は許せない。彼らのもとへ行って謝るんだな!」
 自分の言葉を氷室が聞くことが出来たのか、彼女には理解できない。
 周囲がもとの屋上へと戻ると、視線の先には白目を剥いて倒れている氷室。そして、屋上の入り口からゆっくりと近づいてくるサイコがいた。ルナから見たサイコの顔は安堵と疲労が濃く出ており、自分がいない間に危険な目に合ったのだとルナは眉を顰めた。
 それでもサイコは何も言わずに最後には微笑む。自分達の仕事が終わったのだと。だからこそ、ルナも言葉を紡ぐ。
「終わった……いこう。サイコ」
「ええ」
 顔が青ざめているルナを心配しつつも、ほっとした表情で迎えるサイコ。ルナも相棒の無事な姿に安堵していた。
 だが、頭の片隅で警鐘が鳴り響く。
(何か……忘れて――)
「きゃぁああああ!?」
 胸の内から生まれた焦燥感を受け止めたと同時に、サイコの口から悲鳴が上がり、体から飛び出した恐怖の怪物がルナの右腕へと噛みついていた。
 二の腕から噛み千切られ、切断面から大量に血が溢れ出すとルナは一瞬遅れて絶叫する。
「……あぁあああああああああああ!?」
「あははははっははあ!」
 ルナの悲鳴に混じって狂気混じりの笑い声がする。傷口を押さえつつ前を見ると、サイコの左腕を背後に回して押さえ込み、右腕を首筋に押さえつけて捉えた蛭田が立っていた。
「なぜ……氷室は……死んだのに……」
 能力は変わらず、現実の肉体ではなく精神にダメージを与える怪物。だが、さきほど襲われた時よりも数段強い力で噛まれたために、腕が落ちるほどのダメージを受けている。実際に右腕はあるのだと分かっていても、リアルとしか思えない血液の流れにルナの意識は薄れていく。
「ルナ! ルナぁあああ!」
 サイコが自分を呼ぶ悲鳴も遠く、何体もの怪物に噛みつかれた時よりも意識が急激になくなっていく。瞼が閉じていくルナにも聞こえるようにと蛭田は捕まえているサイコの鼓膜を破らんとするように叫んだ。
「氷室は単なる増幅器にすぎない! 本当に力を持っているのはオレなのさ!!」
 前髪に隠れていた瞳が露わになると、そこに現れたのは凶暴な光。氷室の影に隠れていた獰猛な獣が、前に出てくる。
「う……うううっ……」
 ルナは意識を繋ぎ止めるのに必死で、ほとんど動くことも出来ない。捕まっているサイコも後方支援が主ではあるが体術は身につけており、力があるだけの高校生に本来なら負けるはずがなかったが、顔は血色が悪くなり、明らかに消耗している。
(増幅器……まさか、サイコを……)
 蛭田の言が正しいならば、サイコは蛭田の能力を増幅させてルナへと放ったことになる。なまじサイコの霊能力がずば抜けているために増幅して放出する際に精神の負担が体にも影響しているのかもしれない。
 ルナが打開策を見つけようと消えそうになる意識を保って考えている間も蛭田は狂気じみた笑いを続けながら言葉をぶつけてきた。
「苦しめ苦しめっ! きさまらクズどもが苦しむところが、オレは見たいんだよ! オレには支配なんてどーでもいいのさ! 楽しかったぜぇ」
「んぅ!?」
 急に悲鳴を上げたサイコにルナは意識を向ける。蛭田が首に回していた左手をサイコの着物へと潜り込ませて乳房を掴んでいた。揉みしだきながら舌を耳に伸ばして舐め回し始めると、サイコは苦しげに瞼を閉じる。
「やめっ……て……」
「ひひひ。柔らかいな。自殺した女も、そうじゃない女も力で脅して抱いたけどよぉ。お前は上玉だぁ」
 サイコの下腹部が前に突き出される。ルナからは見えなかったが、蛭田の股間が盛り上がり、尻へと当たったことで逃れようとした結果だった。
「心底、腐ってる……サイコを……離せ、下衆野郎」
 ルナは蛭田とサイコに向けて一歩ずつ足を進めだした。だが、数歩進んだだけで目眩がして動きが止まる。その瞬間を見計らったように、蛭田はサイコの着物の襟に手をかけて一気に両側へと引き下ろしていた。サイコの上半身が露わになり、乳房二つが勢いに軽く揺れる。
「あっ……」
「これからはお前をオレのパートナーにしてやる。そぉれ! オレに力を貸せ!」
 露わになったサイコの胸元――ちょうど心臓の部分から、大量の怪物が放出された。全身を襲う激痛にサイコは息が止まり、声なき絶叫を上げる。氷室と対峙した時とは桁違いの速度で飛来した怪物はルナの左二の腕と両足の太股に喰らいつき、一瞬で噛み千切っていた。
「あ――」
 かろうじて保っていた意識を断ち切るには十分な衝撃。ルナは激痛による悲鳴を上げることもないままうつ伏せに倒れた。
「ル……ナ……」
 サイコもまた自分の霊能力を利用されて恐怖を増幅させられた結果、全身から力を搾り取られたような感覚に意識を失った。最後に見えたルナの姿は涙で滲み、ただ彼女の無事を祈った。
 力の抜けたサイコの体は蛭田に寄りかかり、荒い息を吹きかける事になる。自分の顔にかかる熱い吐息に蛭田は下卑た笑いを浮かべてサイコの唇を奪っていた。閉じた口をこじ開け、少し空いた歯の隙間に舌を入れて口内へと進入するとサイコの舌もからめ取り、自らの涎を送り込んで口辱していく。
「んっ……ん……んふぅ……ん……ん……」
 意識がなくても体は反応し、キスによって生じたわずかな快感がサイコの体を振るわせるのを見て頬をゆるませてから、蛭田は唇を離した。サイコの口と繋がった透明な橋を自ら断ち切って、倒れたルナに視線を向ける。
「驚いた。まだ生きてるんだな」
 既に力を解除していた蛭田には、五体満足で倒れているルナの姿が映っていた。うつ伏せで倒せているルナは額に汗を滲ませて苦悶の表情を浮かべていたが死んではいない。並の人間なら間違いなく心臓発作で死んでいると考え、にやりと笑う。
「そうだなぁ。こいつらにはもっともっと、苦しんでもらおうかな。この女も、オレの奴隷にしてやるよ。ひひひひひひひひひひひひ!」
 蛭田はサイコを抱いたまま体を歓喜に振るわせて笑う。屋上に響く笑い声を聞く者は、他に誰もいなかった。
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