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2017/3/19  白木蓮に明るき空となりにけり  日記

暖かな日曜日は2週間ぶりのゴルフに、

花粉症対策をしてマスクにメガネでしっかりガード・・

久しぶりに1万4千歩を鶯の声を聞きながら歩きました。

良くご一緒する同年代の方とペアリングでしたが、良く飛ばす方で

こちらも力が入ります。

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帰宅すると我が家の辛夷も一日で大分開いてきました。

明日も暖かいようで、桜の蕾も一気に膨らんでくるかもしれませんね。

白木蓮が方々で見頃になってますね。
タグ: 南総CC

2017/3/17  サイコロ遊び  仕事

サイコロ遊び(ニューヨークの思い出)

春の夜はふと昔のことを思い出し、昔の知り合いを懐かしく思い出したりします。

小生がニューヨークに進出した頃の1979年頃のニューヨークは

実にエキサイティングな街で、

あらゆる業種も時代の先端を走りたくて

ニューヨークにオフィス、駐在事務所を作り、また研修社員を送り

視察団を波状攻撃のように送っていた時代でした。

音楽家の卵もブロードウエイに憧れて、また一旗組も着の身着のまま住み着いて

みんなが夢を追いかけていた時代でした。

もちろんバブルのずーっと前で右肩上がり経済の、総中流意識が芽生える前です。

当会社がマンハッタンの五番街の角のビル580のビル8階の

ユダヤ人の会社を間借りして、

パートナーにコミッションを支払ってスタートしたことは正解でした。

お蔭で「寄らしめず、知らしめず」のユダヤ人同士の

生の取引を知ることが出来ました。

そんなニューヨークでの仕事で、よく協力して働いてくれるのが、

黒マントとに黒い帽子を一年中同じ格好をしている宗教そのものの

暮らしをしているハシデックジューです。

ある時に会社の湯飲み茶碗にサイコロを3個入れて転がし、サイコロの目の合計で遊ぶ、

その世界では「チンチロリン」と呼ばれるサイコロ遊びを彼らに教え、

夕方仕事が終り、商品をセーフ(貸金庫)に入れ、或いは商品をオーナーに返してから、

会社で1ドルを賭けて茶碗の中にサイコロを転がし、

髭モジャのジューとサイコロ博打に講じたこともあったが、思い出すだけで滑稽な話で、

あのユダヤ教の戒律に従って、金曜日の日没から土曜日の日没まではシャバード(安息日)で

電気もテレビも文明の利器は一切使わず、車にも乗らず外出もせず、

家でお祈りをして火もガスも使わずにユダヤ教の教えの

週に一度の安息する彼らが目の色を変えて一ドルの賭け事に講じる姿は、

これってシャレになるのかな?(この話は30年以上前の時効だからね)

しかし、これはすぐに飽きてしまって続かなかったね。

10年前の2007年にNYに8年ぶりに出かけDDC(ダイヤモンドデイラーズ倶楽部)で

昔商売をしたブローカー諸君と再会した時はお互いの健康と無事を喜び合ったもので、

10年ぶりにミスターオー(小野寺の略称)が来ているぞと、噂が広がり、

昔馴染みのブローカー諸君数10人とその後の8年のお互いの消息を話し合ったもので、

商品の仕入れ、検品は一緒に行った弊社の仕入れ部長に任せ、昔話に花を咲かせたものでした。

やはり年齢からして30年以上も前からの付き合いのある人だと、定年は無いものの、

引退した人や、亡くなった人も居て、

いろんな人の消息を聞くなか、お互い年月を感じたものでした。

長い間、離れていても時折思い出したり、

夢の中で会話をしているのですが、

忘れられないナイスガイ達です。

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2017/3/15  親愛なるブローカー・ジュ―イッシュ(ニューヨークの思い出)  仕事

親愛なるブローカー・ジュ―イッシュ(ニューヨークの思い出)

ニューヨークへ会社を設立したのが、1979年で今から38年前であり、

筆者も32歳の怖いもの知らずだった。

ニューヨークのダイヤモンド街に会社を出すということは

ユダヤ人社会の中に生きるということだった。

ニューヨークのダイヤモンド商は殆んどがユダヤ人で、

当時は当地でインド人やその他のアジア系を見かけることはなかった。

ユダヤ教の中でも宗派が沢山あって正統派の一年中、

黒マントを着て宗教の教えに従っての日常生活は食べ物や休息日など

いろいろと違った生活ですが、

シナゴーグ(お寺)の違いによって黒帽子の形も微妙に違うようだが、

総じて家族思いで、ユーモアを解し、義理人情に通じた彼らには当初から親しみを感じていた。

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ダイヤモンド産業に働く人々は大きく分けて、

@マニファクチュア呼ばれるダイヤモンド原石を仕入れ、研磨する人と、

その工場で働く研磨職人、

A原石や研磨済みダイヤモンドを買って商売をするデーーラー、

B売り手と買い手の間に立って商売の仲介をするブローカー、47丁目の路面店舗には

Cエクスチェンジと呼ばれるダイヤ・宝石の小売店があり、

また宝石の器材や本を売る店やダイヤモンド・宝石の鑑別(レポート)の付帯ビジネスもあり、

五番街の47丁目角の五八〇はビルごとダイヤモンド業者数百社が入っている。

メリンダ・ダイヤモンドは1979年にこの五八〇ビルの8階801号室の

ユダヤ取引業者の事務所内に設立登記し開設された。

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NYの会社での仕事はダイヤモンドの買い付け、仕入れです。

販売先である日本のお得意様の注文と売れ行きの良いものの品筋を買うことだった。

常時は駐在している日本人社員のI女子が指示を受けながら仕入れをするが、

毎月1,2週間は自分もNYへ来て仕入れをし、3週間は日本の会社で販売に精を出す日々だった。

競争力のあるダイヤモンドが 2ct、3ct,5ctが当時は飛ぶように売れたものでした。

現在の中国も香港も及ばぬ経済力と消費意欲が1970〜80年代はあったのでした。



タグ: NYの思い出

2017/3/14  マサダの要塞(イスラエルの思い出)  日記

マサダの要塞(イスラエルの思い出)

白虎隊は最後まで官軍に抵抗した徳川幕府方の会津藩の少年隊士が飯盛山で

お城が火に包まれるのを見て、

もはやこれまでと、お互いに刺し違え、又腹を切って最期を遂げた悲運の歴史の

「花も会津の白虎隊」と知られていますが、この歴史の元祖のような話が、

西暦73年ローマ軍に攻め落とされ、

ユダヤ人の集団自決で知られた「マサダの要塞」が死海の近くにあり、

前からここを訪れてみたかった所でした。

西暦66年にローマ帝国との戦争が始まり(ユダヤ戦争)、

70年ローマ軍によってエルサレムが陥落した後、

熱心な党員を中心としたユダヤ人九六七人がマサダに立てこもり、

ローマ軍1万5千人人がこれを包囲し、ユダヤ人たちは2年近く抵抗したが、

73年についにローマ軍によって攻め落とされた。

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(ローマ軍がマサダ要塞を包囲した跡地)

陥落直前にユダヤ人たちは、投降してローマの奴隷となるよりは死をと、

2人の女と5人の子供を残して全員が集団自決したという悲惨な歴史を読んだことがあった。

その歴史的経緯から現在でもなお多くのユダヤ人にとって特別な思い入れのある場所であり、

ユダヤ人全滅の悲劇を再び繰り返してはならないという決意から、

イスラエル国防軍の入隊式がマサダ頂上で行われ、

国家への忠誠を誓うのだそうだが、

この要塞の跡地を訪ねての翌日はユダヤ人との仕入れのファイトがいささか鈍ってしまい、

値段を押し切られてしまった記憶がある…まだ筆者が40代の青二才だったのだ

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(マサダ要塞に立つ筆者)

最近イスラエルやニューヨークでダイヤモンドの仕入れをしていた頃の夢を良く見る。

相手のユダヤ人も良く覚えている業者で、具体的な石目や値段も出てくるのだが、

夢心理学ではどういう症候なのかな?

2017/3/13  サマータイム  日記

3月12日から米国はサマータイムになりましたね。

米国は今までより1時間時間を早めたことにより、

日本との時差はニューヨークとは14時間あったものが13時間に

ロサンゼルスとは17時間あったものが16時間に知じまりました。

いずれも日本が早い訳ですが、時間を1時間早めれば、今まで8時に家を出て居れば、

ウインタータイムの前日より1時間早くなり、

夕方7時に帰宅していたとすれば、

6時にウインタータイムの前日より1時間早く帰宅することになり、

朝が早くなり、夜の日照時間が長くなるわけで、

所謂アフターファイブ以降がまだ明るく、個人の活動時間が長くなり

消費が活発になり、電気代も節約できる効果がある訳です。

日本でもサマータイムの導入は何度か議題になってましたが、まだですね。

仕事で年の3分の一以上をNYに居た昔は、夕方は8時過ぎまで明るくて

一杯飲んで夕食をして帰る時間になっても外は明るいので解放感があったのを覚えてますが、

日本もサマータイムを導入して1時間早めたらいいのにと、いつも思ってます。

因みに米国のサマータイムは今年は11月5日までだそうですね。

2017/3/9  「鶯の初音たしかむ朝かな」  日記

「鶯の初音たしかむ朝かな」

朝は寒かったけど日が差して暖かくなりました・・

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庭先に鶯の声を聞きました大分鳴き方もさまになってきたようです・・

やはり毎年この頃でしょうか・・鶯の初音を聞くのは・・・。

春の気配が庭先にも感じられます・・

食べごろの蕗の薹も出ていたので

今晩も蕗の薹の天麩羅揚げようかな

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2017/3/6  「ふきのたふ大地つぶやくやうに出づ」  日記

肺炎の予防接種なるものを初めて行いました。

70才でやって2回目に5年後の75才で2回目をやるのだそうです。

インフルエンザの予防注射もやったことが無かったけど、

大網白里市の市からの援助金2千円を差し引いても6千6百円なりですが、

やはり肺炎の予防は古希をすげれば必要かと素直に思った次第・・・。

会社を昼過ぎに早引けして、病院へ帰りは本降りの雨となっていた。

夕方小ぶりに鳴った頃を見計らって庭隅の蕗の薹を摘んで今夜は天麩羅に・・・

しかし自分で天麩羅を揚げなさいとカミさんに。

初めての天麩羅揚げ挑戦ですが、

料理を作るのはは元々好きなので、ついでに椎茸も・・。

春の味覚ですね・・・鹿児島の芋焼酎「三岳」のお湯割が進みます。

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タグ: ふきのとう

2017/3/3  「春の夜に故里の酒求めけり」  日記

「春の夜に故里の酒求めけり」

週末金曜日の帰りの特急電車、ホームのキヨスクで陸前高田市の酒

「雪っこ」を見つけて、まず電車の中で飲むことのない花金の楽しい夕べでした。

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安倍夫妻がいよいよ追い詰められてきたようです。

我が世の春は永遠には続かにものだね・・・。
タグ: 花金

2017/3/1  日本の春節景気の昨今  日記

今年の春節での中国人の動向は以前のあの「爆買い」の様子とは変わってきたようです。

どこかの調査を見ると春節で出かけるのを止めてノンビリする人が増えたそうです。

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化粧品や時計・貴金属や電気製品が中国人観光客によって大量に買われた数年前とは変わって、

日本の習慣、伝統芸の体験とか、地方都市を選んで旅行する人も増えたのだそうです。

日本の化粧品などは中国で買うと関税などの税の他贅沢税など62%も掛かるそうで、

時計も同様に57%掛かるそうで、貴金属・宝石類も関税、贅沢禁止令の引き締めで贅沢税が

30%もかかり、前のように中国の需要が景気を後押しはしてくれません。

しかしながら、年間に1千万人以上の来日観光客が来てくれる。

観光立国の日本はこうしたお客様方を習慣の違いやマナーなどの問題も理解して

大事にしてゆかなくちゃね・・。

小生の地元では東金日中友好協会が、地元にある城西大学に留学生数十人を

毎年招いて交流を図ったり、キャンバスを訪れての交流の草の根運動をしているが、

中国からの留学生はとても真面目で勤勉で、寸暇を惜しんんで勉強している。

観光で来られる富裕層とは又違う中国人を見るようです。

また会社でやっているヤフーオークションの販売チャンネルで

宝石・貴金属に入札して落札して買ってくれる在日の中国の人も多いのですが

多くはラインなどを使って中国のユーザーに売り繋いでいる人たちも多いようです。


2017/2/27  東京マラソンの「金」メダルは時価90万円  日記

昨日の東京マラソンはお天気にも恵まれ、大勢のランナーが走りました・・

日本人で最高は8位でした。

因みに1位の金メダルは純金200グラム(グラム4,500円)で素材価格として時価90万円、

2位の銀メダルは純銀110グラム(グラム65円)で素材価格の時価 7200円だそうです・・

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実際にはそれに制作した加工代金がプラスされるわけですが、

やはり優勝しなくてはね。

因みに一位の賞金は1100万円、二位は400万円、三位は200万円とか。

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2017/2/26  「四代の薬屋を守り雛飾る」  日記

暖かな日曜日、ドライブがてら九十九里を南下し、

勝浦のビッグ雛祭を見に行ってきました・・。

お天気の日曜日で沢山の人出で、駐車場に入るのに30分も掛かったりしましたが、

今年も何時ものように沢山のお雛様に癒されて来ました。

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勝浦は車で1時間半くらい掛かりますが、アジ釣りに良く来る道で、

この海沿いの海を眺めながらのドライブがお気に入りです。

勝浦は朝市でも知られていますが、漁師町で伊勢海老の水揚げが日本一で

カツオの水揚げ漁港でも名高く、朝市でもカツオを捌きながら柵売りをしている。

何よりも方言ゆたかで素朴で親しみのある人情のある町です。

雛祭は3月5日までやっているので是非お勧めです

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各商店が工夫を凝らして店の中に、お雛様を飾ったり、

二階へ上る階段にお雛様を並べてり、お雛様が干物を干す横にあったり、

食堂のお品書きに並べてあったり、振るい旅籠の玄関だったり・・。

最も人気のあるのは国道沿いの墨名交差点の空き地に千体もの雛飾りだったり

遠見岬神社の石段61段に600体のお雛様です

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2017/2/22  ダイヤモンドの最大手、デ・ビアス(シンジケート)  仕事

ダイヤモンドの最大手、デ・ビアス(シンジケート)

デ・ビアス(DE-BEERS)はダイヤモンド業界ではいわずと知れた巨大企業である。

かってはロンドン株式市場、ヨハネスブルグ市場に上場し、

ダイヤモンド原石の七割以上を統制下に置く一大シンジケートだ。

デビアスは1888年、チャールズ・ダネル・ラッドとセシル・ローズによって設立され、

セシルーローズは、ロスチャイルド財閥の支援をバックにデビアス鉱山会社を設立、

歴史の変遷を経て、次々にダイヤモンド鉱山に投資し、世界の鉱山を多く支配下に置き、

そしてダイヤモンドの値崩れを防ぐために採掘から原石の販売、

研磨ダイヤモンドの販売促進までを支配下に置くシンジケートを完成させたのでした。

その販売方法は極めて特殊である。

定期的に原石を見る(サイト)販売会を開き(年10回)、

そこで「サイトホルダー」と命名したメンバーだけに販売する。

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販売会に参加できるのはデ・ビアスが認めた、

十分な資金力と生産力を持ち合わせた宝石メーカーや販売力のある小売店だけである。

買い取る数量と金額はデ・ビアスの判断に委ねられ、交渉の余地はない。

販売会の前に買い手側が欲しいサイズや品質をリクエストしても、

デ・ビアスが販売するサイズ・品質・数量・価格のすべてが決まっていて、

買い手の希望が通ることはない。自由な市場経済にあってまことに稀なケースである。

しかしこの厳しい統制により、過去数十年、

世界の経済・社会変動にも左右されずダイヤモンドを安定して供給し、値崩れを防ぎ、

在庫過剰をコントロールしてきたのである。

販売会が済むと各社は、供給内容について「良かったか、悪かった」と市場の話題、

憶測も含め原石の価格を分析し、在庫ポジション(量)をロング(増やす)にしたり、

在庫品を値上げしたり、売り渋ったり、あるいは売り急いだり、戦略を練る。

デ・ビアスは長年、世界、主にアフリカのダイヤモンド鉱山で採掘した原石を

買い取るために鉱山会社に出資し、時には買収した。

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近年はロシアのダイヤモンド鉱山会社からも相当量を買い、

原石を手中に収めることによって市場をコントロールしてきた。

しかしながら、一時期は三百社以上いたサイトホルダーも年々その数は減ってゆき、

現在は百社内外と推定される。

サイトの出席や原石の配給を拒めば、

次からサイトに参加することできなくなり、ホルダーを外されたりするためと思われる。

また、女性の嗜好性の多様化、世界的不況などが追い風となっており、

デ・ビアスはルイ・ヴィトンと提携するなどシンジケートを束ねる役割から、

自社の存続を賭けた戦略に舵を切りつつあり、

最近のダイヤモンド市況の不況から最近のデ・ビアスのサイトでは

サイトホルダーが原石の引取りを拒否してもペナルティがなくなり

サイトホルダーの経営に理解を示すようになり、

原石の販売会も流れが変わってきたようです。

大手のマニュファクチュアはデ・ビアス社のサイトから自らの意思から脱退する会社も多く

長く続いたデ・ビアスのシンジケートも歴史の転換期にあるようです。

またその歴史の流れは

ロンドン市場のデ・ビアス株は2001年に上場廃止し、

南アフリカの大富豪であるオッペンハイマー一族が、

彼らの所有するアングロアメリカン社と共に株式の8割以上を取得し、

事実上の私有化したためです。

またアングロアメリカン社もADR上場していないので、

残念ながら日本人がデビアスの株を買うことは、直接的にも間接的にも難しい状況です。

1980年代にニューヨークのメリンダ・ダイヤモンドで投資目的で

ロンドン市場のデ・ビアス社の株を取得し、配当と値上がり益の恩恵に

浴した時期もありましたが、今や昔話となりました。

デビアス社は2011年、ダイアモンドの精製過程・卸売をロンドンからボツワナに移したり、

アングロ・アメリカン社の株売り渡しを決めたりと忙しい動きを見せている。

ダイアモンド精製・販売部門がボツワナに移ることで、

南アフリカの精製ビジネスが打撃をうけるだろうと見る専門家もいる。

ダイアモンド鉱山を含める鉱山の国有化が南アフリカ一部政治勢力から提唱されている現在、

デビアス社が忙しく構造改革をしているのを見ると、

鉱山国有化は意外と近くまで迫っているのかと考えさせられる。

シンジケート全盛の頃のデ・ビアス社のダイヤモンド鉱山採掘量は約8割もあったといわれますが

現在ではカナダやロシアの鉱山の発見、開発からその支配は

世界全体の生産量の3割内外とも見られていますが、

少なくなったとしても依然として大きな比率を有し、

世界のダイヤモンド市場には大きな力を有しているには違いない

銀座にあるデ・ビアスのお店には魅力的なダイヤモンドリングやネックレスなどが

沢山並んでいます。

銀ブラかたがた覗いて見られたら如何でしょうか?

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2017/2/21  「料峭にスワンボートの揺れてをり」  日記

昼の散歩に不忍池の畔を歩いたが、風が強くて帽子が飛ばされそうで寒い、

ボートに乗っている人も居るけど、池の波がうねっている・・春二番とか。

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不忍池は琵琶湖を模して作られた池だそうですが、上野公園に隣接した真下にあり、

上野界隈では近所の住民にとってはオアシスになっている。

一面を覆う蓮が名物です。

タグ: 不忍池

2017/2/20  梅まつり子供太鼓の響きけり  日記

昨日の日曜日、お隣の土気町の小高い丘にある「生命の森リゾート」の中にある梅園の

「真名の梅まつり」が始まっていました。

風がやや強いですが、まさに梅日和で七分咲きの見頃です、

遅咲きのものは一分、もしくは蕾、全体としては二分咲き位でしょうか。

この梅園の周辺にはゴルフ場や400Mトラック、屋内の200Mトラック、

卓球、バスケット、バレーコート、プールの体育館のある「日本エアロビスクセンター」。

サッカー、ラグビー、野球、アーチェリー、テニスコートなどあらゆる運動場と

ホテル、コテージなどがあり、プロ野球選手や全日本ラグビーチームや

テニス選手、陸上選手やプロのアスリートも合宿をする所。

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梅園の中では「和太鼓」の野外演奏が勇壮な音を響かせて、

梅まつりに花を添えていた。

小学生の小さい子達の太鼓も気合が入っていて、半袖のいでたちで礼儀正しく立派な演奏。

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梅まつりは3月初めまで開かれているそうで、梅は長持ちしてくれるのでいいですね。




2017/2/20  呪われたダイヤモンド  宝石ジュエリー

ダイヤモンドは地中の億年の眠りから地殻の変化によって地表に出てきた

地球の贈り物です。

その中で最大の贈り物と呼ばれているのが、1600年代にインドで見つかり

数奇な歴史を経て、今はワシントンのスミソニアン博物館のひとつである

国立自然史博物館に所蔵されている45.50カラットのブルー・ダイヤモンド。

紫外線を当てると、1分以上に渡って赤い燐光を発する奇跡の「ホープダイヤモンド」です。

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昨夜日曜日の夜にNHKハイビジョンで一時間半に渡ってホープダイヤモンドの

呪われたダイヤモンドと言われたその歴史と所有した人達の顛末と謎が

学者の科学的調査と実験によって明かされた。

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20数年も前にこのワシントンの博物館で現物を何度か見たことがあるが、

ホープダイヤモンドが、フレンチブルーと呼ばれたブルーダイヤモンドが

フランス革命の折に盗まれたものが、カットによって形を変えた同一のものだったという

科学的解明にテレビの映像の中で判りやすく説明されていた。

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科学的分析によって、ホープダイヤモンドは

1668年にインドで発見された112ct強のダイヤモンドだとする見解を裏付けるものだ。

この宝石はフランスのルイ14世に買い取られ、カットされて67カラット強の

フレンチブルー・ダイヤモンドとなった。

フレンチブルーはフランス革命の最中に盗まれている。

フレンチブルーの盗難からちょうど20年が過ぎ、時効が成立した後になって、

1つの大きなブルーのダイヤモンドがひっそりとロンドンで売りに出された。

このダイヤモンドはその後、ヘンリー・フィリップ・ホープに買い取られる。

ホープダイヤモンドは最終的に、宝石商の米ハリー・ウィンストン社から

スミソニアン博物館に寄付された。

現在では45.52カラットになっているが、それでもブルー・ダイヤモンドとしては世界最大だ。


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又、呪いのダイヤモンドとの伝説も

実は歴史のストーリーとして語り継がれてきたものだったことが

実際に所有していた人達の平均寿命などが、平均よりも長寿であったことなどが

新鮮な驚きであった。

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このホープダイヤモンドはNYの宝石商ハリーウインストン が、

ワシントンノ博物館に寄贈し誰もがこの神秘なダイヤを見ることが出来て

ルイ14世の頃からのフランス革命の歴史などにロマンをはせることが出来るのだ。

クリックすると元のサイズで表示します(写真はテレビの画面から)

ホープダイヤモンドの台座を幾つかのデザインを例示し、広く意見を取り入れて

作り変えられたものが、下の写真ですが、イメージは全く変わってきました。

見に来られるカップルは、「これを私に買ってね・・・・」と奥様がねだり

「ウン・・・その内にね・・・・・」と旦那が応える。

2ドルそこらの普通郵便で、ホープダイヤモンドを博物館に贈ったハリーウインストンは

その卓越した宣伝効果の演出からして、

数百万ドルの元を何倍かにして取ったのだろうね・・・。

こういう歴史に残るダイヤモンドを我が生涯に一度は商ってみたいものだ

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ホープダイヤモンドには及ばなくも、お手持ちのダイヤモンドリングなどを

このようにデザインを変えて新しく作り変えてみては如何でしょうか?

又素敵な「ロマンストーリー」が生まれるかもしれませんね。




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