アルヴィス&ティルテュ
思いおこせば、それはまだそんなに昔の事ではなく。
けれどそれは何だかとてつもなく遠い昔の事に感じる。
どうして? どうして?
ティルテュはフィノーラ城の展望台に散歩と称して(見張りの傭兵にはさんざん怒られたらしいが無視…)登っていた。
彼女がそこから南に視線を向けると、砂漠の陽炎の向こうにヴェルトマー城が霞かに見えていた……。
「こんにちは、アルヴィス様。アゼルはどちらに?」
「こんにちは、ティルテュ殿。あいにくだがアゼルは今ちょっと座を外しているんだ。もうすぐに戻るから、そこの椅子にかけてお待ちなさい。さっき侍女が焼きたてのクッキーを持って来たから、良かったら紅茶と一緒にどうぞ」
「うわァ、ありがとうございます!!」
ぱッと、華やいだ笑顔をティルテュは見せた。
まだ世界が動乱に包まれる前。
ティルテュは父レプトールに連れられてバーハラにたびたび足を運んでいた。
アルヴィスも、アゼルを連れてバーハラにいた。
ティルテュとアゼルは大の仲良しで、幼馴染。
だから、必然的にティルテュはアルヴィスとも良く言葉を交わしていた。
またアルヴィスも、屈託無く話しかけてくるティルテュに対してそう悪い態度はしていなかった。
「アルヴィス様ァ」
「ん?」
「アルヴィス様って、いつも難しいご本を読んでいらっしゃるのね。どうして?」
「うーん、そうだな……でも必要な事だからね。君のお父上もそうだろう?」
「あたし、難しいの良く分かんないもん」
「ははは、ティルテュはそれでいいのではないかな」
「…あたし難しい事は良く分かんないけど、今バカにされたのだけはよッく分かるわ。ふーんだ」
きっと普段のアルヴィスを知っている人間ならば、今ティルテュと話をしているアルヴィスを見て卒倒するだろう。
それぐらい、今のアルヴィスは笑っていた。
心底楽しそうに。
「アルヴィス様は、お嫁さんまだなの?」
「生憎縁が無くてね」
「じゃあティルテュがなってあげようか?」
「ははは、どうしたものかな」
「ティルテュはアルヴィス様好きだよ? とても優しいもの。アルヴィス様は、ティルテュの事嫌い?」
紅茶のカップを手に小首を傾げるティルテュの顔を見て、アルヴィスはフッ…と穏やかな笑みを浮かべた。
「そうだね、好きと嫌いで結婚できたらきっと私も幸せになれるんだろうね」
「??? 良く分からない」
「あと5年もすれば、ティルテュにもきっと分かるよ」
「うーん…5年かァ……」
1言唸って、ティルテュは考え込んでしまう。
それから、ややあって。
「ねェ、アルヴィス様」
「今度は何かな」
「アルヴィス様は、今―――」
(アルヴィス様、陛下の孫皇女様とご結婚なさったって聞いたけど…どんな人なのかなァ?)
(好きだから、愛したから、結婚したのかな。それとも、違うのかな)
(アルヴィス様は、今幸せなのかな。幸せだといいな。そうだといいんだけど)
陽炎の向こうのヴェルトマー城をもう1度ティルテュは見やる。
(アルヴィス様にお会いしたら、ご結婚のお祝いと前にした質問をもう1回してみようっと)
「おーい、ティルテュー」
「あ!」
見張り台から下をのぞけば、自分の名を呼ぶ彼女の夫の声。
ティルテュは元気に返事をして、見張り台を降りて行った。
(アルヴィス様は、今お幸せですか―――?)

0