ベオウルフ

ブリギッド
ベオウルフvブリギッド 1人で廊下を歩いていると、パタパタと駆け足で彼女の方に近づいてくる 足音があった。
「お姉様、待って下さい。お姉様」
「? …エーディン? どうしたの、そんなに息を切らして」
「ああ良かった。お姉様、いらっしゃった」
「?」
「また、いなくなってしまわれたのかと思って…だから」
安堵の表情を見せる自分と同じ顔をした妹―エーディン―に、 彼女―ブリギッド―は苦笑いを浮かべた。
「あたしがどこに行くって言うんだい? 全く…」
「お姉様、宜しかったらこれから私の所へいらして下さいな」
「何だい?」
「これからエスリン様、ラケシス様とお茶を飲む事になってるんです。 宜しければ、お姉様も」
この優しい妹は自分に負い目を感じている事をブリギッドは知っていた。
だから、何かと色々こうやって世話を焼く。
ブリギッドにとって妹との時間はやはり特別なものだし、 そしてそれが格別悪いものではなかったから、 ここ最近はずっとエーディンのこうした誘いをずっと受けていた。
でも。
「ご…ゴメン、エーディン。あたし、先約があるから。…また後でね」
「え、お姉様?!」
引きつった笑みを浮かべて、ブリギッドは足早にエーディンの元を立ち去った。
* * *
「おや、ブリギッド公女。こんな所で何を…」
「あッ!!」
向こうからやってきたミデェールに、ブリギッドは軽くぶつかってしまった。 その結果、ミデェールが持っていた何冊かの本がバラバラと一気に床に 派手な音をたてて、落ちた。
「ご、ゴメン!!」
慌ててその本を拾うブリギッド。
「ああ、お気遣い無く!! あなたのお膝が汚れてしまいます!!」
「何言ってるんだい、悪いのはアタシなんだから」
ミデェールの言葉に耳を傾ける事無く、ブリギッドは一気に全ての本を拾い終え、それをミデェールに渡す。
「手間を取らせて、悪かったね」
「いいえ、お構いなく。こちらこそ、失礼いたしました。それでは…」
顔を真っ赤にして、ミデェールは会釈し本を持って廊下を歩き去っていった。
その背中を少し眺めていたブリギッドは、1つ大きく溜息をついた。
「慣れない…なァ」
* * *
城の中にいても息苦しさを感じるので、ブリギッドはそのまま1人で城下町へと 足を伸ばした。
途中、自分を知る騎士達に何度か挨拶を交わされ、 その度に引きつった笑みを浮かべて軽く手を上げて彼女はいちいち答えていた。
…しかしそれにも疲れてしまった様で、彼女は街中の小さな酒場に足を踏み入れた。
「オウ、いらっしゃい」
「軽く飲ませてもらえるかい?」
「おお、アンタみたいなべっぴんさんならいつでも歓迎だよ」
酒場のマスターにそう言われ、ブリギッドはやっとホッとした笑みを浮かべた。
…だが。
「…ん? おい、ブリギッドじゃねェか?」
聞き覚えのある声に、ブリギッドはピクッと体を強張らせた。
が、その緊張は1瞬で解ける。
「…ベオウルフ」
「ここ空いてるぜー。こっち来い、こっち」
「ん。…マスター、アタシにもアイツと同じもの、頂戴」
マスターに酒を頼み、ブリギッドはベオウルフの隣に座った。
* * *
「アンタだけだね」
酒の入ったグラスを傾けてカラン…と氷の音を鳴らし、 ブリギッドは弱く微笑んで1人言の様にそう呟いた。
「どういう意味だそりゃ」
同じ様にグラスを持ったベオウルフがカラカラと グラスを回して音を鳴らし、クイッと酒をあおった。
「みんなさ、あたしに気を使ってくれるんだよ。…勿論、あの子も…ね」
「あの子って…エーディン公女か?」
「ん。…あの子、あたしが結構苦労していた中、 自分達だけがぬくぬく暮らしていたと思ってるみたいでさ… そんな風に思う事ないのに。バカだよねェ」
「そう言うなって。しょうがねェと思うぜ、それは」
「あたしは確かに海賊の娘として暮らしてきて…色々あったけど… でもあの子が思うほどひどい生活はしてなかったし… でもいくら言ってもあの子は……」
左手で前髪をうっとおしそうにブリギッドはかき上げ、 大きく溜め息をついた。
「おいおい、せっかくの酒が不味くな…」
「アンタだけだねェ」
最初と同じ台詞をブリギッドはもう1度呟いた。
「アンタだけだねェ、ベオウルフ…アタシを…この… アタシのまま見て…話して…くれるの…は……」
グラスの氷が少し解けて、カランという音をまたたてる。
その音を子守唄にして、ブリギッドはその場で小さく 寝息をたてはじめてしまった。
「……バカはお前だよ、ブリギッド」
そういう所を他のヤツにも見せればいいのに…と、ベオウルフは小さく舌打ちをし、 苦笑いを浮かべた。

0