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2010/7/19  18:26

父の祥月命日  両親のこと

父が亡くなったのは、2007年7月19日であった。
あの日からもうこんなに年月が流れたのである。

先週は、実家のお盆でもあったので、夫の両親に頼んで昼間二時間ほど会社を抜けさせて頂き、実家の母を助手席に乗せて父のお墓へお参りに行ってきた。

正直な話、全く実感が湧かないのである。
父は確かに亡くなったのだが、こうして年月が経てば経つほど、「だからなんなの?」と思ってしまう自分に戸惑う。

これは、なかなか言葉では簡単に言い表せない感情なのであるが・・

時として、自分は非常に冷たい娘なのかもしれないなぁと自己嫌悪に陥ったりもするのであるが、もしかしたら『宗教』への疎さが大きな要因になっているのかもしれない。

要するに、数々の仏事の重要性が、いまひとつ・・いや、全くといっていいくらいに理解出来ていないのである。

お年寄りは、何か事あるごとに、
「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ・・」
と無意識の中唱えているようだが、私には到底出来そうにない。

いや、もちろん、今後ある一定の年齢に達したなら、きっと皆その境地に至るのだよと言えなくもないのだが・・。

命日に、故人のお墓や仏壇に手を合わせる・・
先祖を敬うとは、そういうことを言うのかな。

日々、父のことを忘れることはないし、いつの間にか心の中で会話していることもあるのだが、それらは全く評価されないのかな。

いや、まずもって、『評価』なる単語を使うこと自体間違っているぞ、自分!

そんなことを思いながら、心の中でだけ手を合わせて今日を終えようとしている親不孝な娘である・・






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2010/7/22  15:01

投稿者:管理人ウィドー

しゅうさん、コメントありがとうございます!

はい、私も前回のアップはいつだったかな?とふと考えてしまいます。(笑)

さて、今回のしゅうさんのコメントには、思わず拍手を送ってしまいそうな気分になりました。

中でも、両親を送った後の命日の供養は出来ない、と今から宣言されているとは、非常に衝撃的でした。
嫁の立場であったならば絶対に言ってはならない禁句を、しゅうさんはその身に成り代わり見事に言い切って下さったのですね。

確かに、最近は葬儀の形も徐々に変化しているようで、先祖の供養に対する考え方も、我々世代辺りから徐々に重点の置き所が違ってきているように感じます。

極端な話、子孫が諸々の仏事をただひたすら面倒くさいと思いながら嫌々執り行っているのと、そうした事柄から身を開放し、常日頃心から故人を偲んでいるのとではどちらを御先祖さまは喜ばれるか、ということですよね。

近い将来、お寺の商売あがったりの時代がやってくるのかも??

2010/7/22  11:46

投稿者:管理人ウィドー

shinさん、コメントありがとうございます!

なるほど、shinさんも実感が湧かないような気がしますか。
女性の場合、嫁いだりするとなかなか頻繁に会う機会も無く、そもそも自分の生活の中に実体としての両親の姿は殆どなくなってしまいますからね・・

となると、重要になってくるのが嫁ぎ先の両親のこと。
確かに、shinさんがおっしゃるように、立場が違えばそれぞれの役割も違っていていいんですよね。

私はやっぱりひっそり心の中で実家の父との会話を楽しみつつ、これからも祈ろう・・

2010/7/20  21:46

投稿者:しゅうさん

またまた久々の投稿。前回はいつだったの?とふと考えてしまうのは私だけでしょうか?

お父さんが亡くなられてもうそんなになるのですね。私の母の場合、今日はだれだれの命日なんて自分にほとんど関係の無い私の父系の命日を頭で覚えていてお供えをして供養してます。

私が父や母を送ったとしても今から命日を供養出来ないと断っています。毎日仏壇に手を合わせ祈る年代とは明らかに宗教観や思い入れが希薄なのが現代の人、ないしは私たちの世代なのかも?

私は命日と言う形式をとるか頭で思い続けるかの違いで
思い出した時に個人を忍べばいいのではと考えます。

世間的には親不幸、先祖軽視と取られるでしょうが、TVでも意識調査の結果を報道していたように墓不要、納骨不要(海、山に灰を撒く)などの比率が世間では増えているようです。将来は形にとらわれない人たちが大勢を占める時代がすぐそこまできているのかも。

そう考えると一概に「親不孝」とは言えないような気がします。

2010/7/20  18:10

投稿者:shin

そうですか。。。
もう丸3年が経ってしまったのですね。

私も、もし親が亡くなっても、実感が湧かないと思います。
理由は、今でも離れ離れだから。。。かな。

大事なのは、ウィドーさんのように心から手を合わせて故人と会話することだと思いますよ。
けれど法要を執り行うことももちろんお兄様の大切な役割でしょうね。
お墓参りに行くのはやはりお母様の役目でしょう。
いちばん身近だった方ですから。
立場が違えば祈りの形式も変わるものかもしれません。


http://te

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