この男は、きっと筆を舐め舐め絵を描くのだろうと思わせるのは、『眠狂四郎 雪の夜に私を殺して!狂四郎を愛し続けた女』の浮世絵師・観興寺玄斎(本田博太郎)。
『眠狂四郎 雪の夜に私を殺して!狂四郎を愛し続けた女』
放送日:1998年12月28日 (テレビ朝日 田村正和スペシャル)
監督:井上 昭 脚本:ジェームス三木
眠狂四郎(田村正和)に何度も文をやって家に招き、玄斎自身の描いた地獄絵の数々を見せます。残酷こそ美の極致とか、人は誰でも心の底に一匹の魔物を飼っているとか説きつける玄斎。ゆらめく明りの下、琺瑯のように硬い目の光や、声の抑揚、言葉の調子・・・特に震えるようなセリフからささやき声まで、ワタクシなんざ、玄斎にすっかり取り込まれてしまいます。
でも朴念仁の眠狂四郎は「埒もない」と帰りかけます。それを引きとめて円月殺法を見せてくれとせがむ玄斎。そして、狂四郎が円月殺法で斬る相手として縄で縛められた女・おりん(黒木瞳)を示すのですが、「どこからさらってきた?」なんて野暮ですねぇ狂四郎は!
玄斎のこのシーンは実に妖しく美しく、それにチト怖く、例え、久留米藩の深見典膳(河原崎健三)から円月殺法の絵図を請け負っていたのだとしても、玄斎の説く生と死のはざまの美には説得されてしまいそう。
縛られて刺し殺されていた玄斎の姿に、自分の美に殉じたかと、ツイ思ってしまいましたよ。
大体、眠狂四郎というのはコトの都合で無頼やニヒルを気取っているけれど、“狂”なんてとんでもなくて実に俗っぽい道徳観の人。もともと通俗小説の主人公だから俗っぽいのは仕方がないけれど、『眠狂四郎 江戸城に渦巻く陰謀!』(1993年9月30日 テレビ朝日)にしても『眠狂四郎 今日あって明日なき命を生きる者!』(1996年9月19日 テレビ朝日)にしても、その結末はツマランことおびただしい。『眠狂四郎 雪の夜に私を殺して!狂四郎を愛し続けた女』もおりんが突拍子もない行動に出て死んでしまうのはナカナカよいけれど、その後はなんだかなぁ。ワタクシは眠狂四郎というキャラクターはどうも好きになれず、無邪気に円月殺法を見たがる久留米藩の殿様(木村元)や、剛直と言っていいほど姿勢正しい久留米藩指南役・榊龍之介(阿部寛)のほうが好もしく思えるのであります。

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