青年の主張!  ヤンボラ・ヤンクラ

2月28日に「青年のつどい」を開催しました。40名近くが参加され、みなさんからたくさん差し入れもいただきありがとうございました。

当日の報告はもう少ししたら書きますので・・・。
ヤンクラ生が話した青年の主張をご紹介させていただきます。今回はHさんです。


私は、男でも女でもありません。
じゃあ何?って聞かれても困るのだけど、こう言い切れるようになるには、長い時間がかかりました。

私の人生は、中学3年生の3学期から始まりました。
クラスの前で、自分は女ではないとカミングアウトしたときです。
それまで一人で抱えていた、自分も他人も騙しているような罪悪感が減って、これからは自分らしく生きていけるんだと思いました。
でも、高校では認められず、女としているより、自分としていられる方が自分の為になると思い、高校を辞めました。
それからセクシュアルマイノリティー、LGBTの集まりなどに参加しましたが、男として男が好きであったり、女として女が好きであったり、体とは違う性別の心を持った人であったり、多様ではあるけれど、男か女の性別を持った人たちがいて、何となく自分には居場所がないような気がして、そういう場所とは関わらなくなり、中3以前のように、一人で悩み続けていました。
考えが変わったのは、去年の春頃、一本の映画と一冊の本に出会ったからです。
その映画と本に感動して、将来、セクシュアリティーに関する研究をしようと思い、またLGBTの集まりやイベントなどに関わるようになって、本当に色んな人たちと出会いました。
その中で、「女ではない、でも、男でもない自分」でもいいんだと認められるようになりました。
一番大きな変化は、男子トイレに堂々と入れるようになったことと、好きな服装をするようになったことです。
スカートも穿くし、兄のお下がりも着る。スニーカーも好きだけど、ハイヒールを履くのも楽しい。
女装の時、女の子だと思われてしまうのが困るけど、男か女か、人を悩ませるのも楽しめるようになりました。

今日は女装しようか、男装しようか、男子トイレにはいるか、女子トイレにはいるか、自分の性別についてどこまでの人に話すかなど、毎回悩むし、日本では男女どちらかでないと生きていけないよなって考えてしんどくなるし、全部自分で抱えなきゃいけないことなんだって、重すぎて逃げたくなったり、曖昧な自分を許せなくなったり、一生、性別について悩んだり、考え続けるんだろうなと思いますが、とりあえず、今は、男でも女でもないと認められるようになった自分を誇りに思います。

今年の抱負の一つは、恋をすること。
多分、私は恋愛感情を持たない人間です。でも、一度は、恋をしてみたい。
自分は男でも女でもないから、何が同性で、何が異性か、そもそもどういう人を好きになるのか、相手の恋愛対象に入っているのかもわかりません。
わからないことや曖昧なことが多くて、以前は、恋愛は出来ない、しないと決めていましたが、色んな人に出会ったことと、去年の終わりにオランダに行って、自分の容姿や、障害や育ち方などを気にせずいられる世界があると知ったことで、こういう自分でもいいと肯定でき、少し、希望を持つことが出来ました。

今年は、色んな場所に行くという、もう一つの目標や、受験勉強もあるので大変ですが、男か女かではなく、一人の人として、人を好きになれるように、自分に誇りを持っていられるように、がんばります。


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