東京から高校生の孫が帰ってきた。春休みのこの時期のことで早速、妻は関西の味覚を小出しに持て成している。シンコもかなり大きくなり旬がすぎているが、「くぎ煮」と「かなぎちりめん」は今が旬とみる。かなぎとは、金のように固く細い木のことである。いかなごを釜揚げすればシンコで、それを天日干しにすれば釘のような形のじゃこになることから「かなぎちりめんじゃこ」と呼ばれているようである。また、くぎ煮はとれたてのいかなごを佃煮にしたものとされている。大方の関西人は播磨灘で獲れるシンコを食することが春の到来を意識することになっている。
三月大根といって葉の色が濃く、根は長いが細く質は少々落ちるのだが、春の大根は鬆(す)ができて食べられない品不足の時期にあたるので大根おろしにして珍重されるのである。この三月大根は、秋に蒔いて翌年の今時分に収穫されるので二年越しという意味から二年子大根ともいわれるのだが、この大根をおろしたのに「かなぎちりめん」と食べるのは春でなければ味わうことが出来ない絶品である。
まかり出て花の三月大根かな
と、一茶が詠んだ江戸時代から三月大根の特異性が見られていたのだが、桜の花の咲くころとの取り合わせがおもしろい。
一方では今日も終日雨が降り続いていた。花が早く咲けと急きたてるように降るので「催花雨(さいかう)」という優美な名が付けられた雨のことらしいが、大根にとっては薹(とう)がたつてしまう時節なのである。
外に出て天を仰いでいたら、わが名を呼ぶ人がある。見覚えがないのだが中学の同級生とのことで名前を告げられても記憶が蘇えってこない。耄碌はしていないつもりだが辛いことである。65年間一度も顔を合わせていないのだが、紅顔と老人の顔を重ねる術もなく呆然としてしまった。
―今日のわが愛誦俳句
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大根が一番うまし牡丹鍋 右城暮石
―今日のわが駄作詠草
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うつしみの人はと見れば年老いて
もうすぐ花が咲くといい去る
1878

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