昨年の夏亡くなった変人を想い出している。酒を飲むほどに目が座り顔面が蒼白になって寡黙になってくる男がいた。一方、逆に、顔面が蒼白になるのは彼と変らないが、飲めば飲むほど饒舌になる男があった。その男は彼より一年先に亡くなっていた。ある年のある晩、彼らと二次会がはずみ、三次会に酒席を換えていた。イギリスの政治家フランシス・ベーコン(1561−1626)の書いた「随想集」にある、
「冗談に本気を混ぜて変化をつけるのは、よいことである。」という教えに逆らうことになった。寡黙な男が、饒舌な男が発した一言に傷ついたのか、突如、「オモシロクない!」と席を立ってスナックのドアを力いっぱいピシャリと閉めて飛び出して行った。店内にいた客は当然のように白けてしまった。彼は、熱烈な越路吹雪のファンで、突然の豹変の前には、
『サン・トワ・マミー』をカラオケで歌っていたのである。
ふたりの恋は 終ったのね 許してさえ くれないあなた
さよならと 顔も見ないで 去って行った 男のこころ
楽しい夢のような あの頃を思い出せば
サン・トワ・マミー 悲しくて
眼の前が暗くなる サン・トワ・マミー
25日、97歳で亡くなった、岩谷時子のみずみずしい感性で言葉を紡いだ名詞がひかる。ひょっとすると、この歌に感極まって、自分を失ったのだろうと寡黙の男を庇うと、饒舌の男は、首をひねっていたことが蘇えってきた。
『愛の讃歌』(1954)。
『ラストダンスは私に』(1961)。
『ろくでなし』(1967)と、越路吹雪の歌った岩谷時子の訳詞がひかっている。
―今日のわが愛誦俳句
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人人を待つ吾人を待つ秋の暮 山口青邨
―今日のわが駄作詠草
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秋の日はひかりとともに消え行けり
もはや帰らぬ日々のことなど

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