暑くなってきたが風はここちよい。五月もあと一日を残して月がかわる。
「プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ」とは、闘病の俳人石田波郷の句を思い出しながら、「夏は来ぬ」という文語による日本語の美しいひびきを味わっている。プラタナスといえば近代的なことばであるが、実は「鈴懸(すずかけ)」という和名を持つ。
友と 語らん 鈴懸の 径 通い なれたる 学校(まなびや)の街
わかり易い文語の日本語を、ハワイ生まれの江戸っ子、灰田勝彦(1911−1982)がヒットさせた
『鈴懸(すずかけ)の径(みち)』の涼やかな旋律がなつかしい。
最近、わが街の免税店に、日に50台近くの大型バスが繰り込んで来る。大概は、中国人観光客で、大声で話す中国語が乱れ飛んで、喧(かまび)すしくなっている。そのことばのイントネーションを聴けば、この夏はますます暑さを感じることになりそうだ。
『夏は来ぬ』という小学唱歌がある。今はないこの時期の抒情の世界を詠んだ佐佐木信綱の短歌を「夏は来ぬ」でしめた名歌である。
卯の花のにおう垣根にほととぎすはやも来鳴きてしのびねもらす
五月雨の注ぐ山田に早乙女がもすそ濡らしてたまなえ植うる
橘の薫る軒端の窓近く蛍とびかいおこたりいさむる
おうちちる川辺の宿の門遠く水鶏声して夕月涼しき
「しのびねもらす」「もすそ濡らしてたまなえ植うる」「蛍とびかいおこたりいさむ」「樗(おうち)散る」「水鶏(くいな)声して」など現代では死語になってしまいつつあることばで形容された夏が来たのであることを感じている。

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