寸暇をぬって理容所に出掛ける。誰も客が居ないこの時期の床屋風景に話好きの主人が嘆くことしきり。大晦日を過ぎ、除夜の鐘を聴き、終ったのは元旦でその足で氏神に初詣に出掛けたというもう何度聴かされたかの話を耳にして相槌を打つていたら客が一人入って来た。庭で採れた柚子だと断りを入れて手渡していた。和歌山県の新宮から来てくれたと主人が耳打ちしてくれた。「庄司さんいらっしゃい」との主人の出迎えの声に瞬間その顔を眺めたのだが見覚えがない。新宮といえば夏の高校野球で大暴れした同学年の新宮高校を思い出す。その時のピッチャーが前岡勤也で、サードを守っていたのがキャプテンの庄司と言っていたことを想い出し、「付かぬ事をお尋ねしますが」と、訊いたらその弟とのこと。奇遇な出会いもあるものだと思っていたら、別の客が現われた。いきなり、あそこの喫茶店が閉店したことを言い出した。再び、主人がその店名を耳打ちしてくれた。わが家を建ててくれた工務店のその長男と結婚、離婚して二人の子を喫茶店を経営して育て、娘を嫁がせるまで頑張っていたが、どうやらその娘も子を連れて離婚したらしく出戻っているとか。どんな因果があるのか、さぞや辛い人生の相克があるのだろう。年の瀬の忙しい時の移りのなかで耳にする床屋談義である。
帰宅すると、娘の学友で流行時代作家から年末挨拶にと、甲州名産の「枯露柿」が贈られてきた。赤ちゃんの掌大の代物で、先般から吊るされているわが家の吊るし柿と較べて斯くも立派なのが存在するのか「びっくりポン」だと家人は異口同音に驚きの声を出す始末。もうすぐ帰省して来る孫たちを待ちながら年末多端の折の雑感である。
・きょうのわが駄作詠草
あかときに一瞬寒き風が吹き冬至すぎれば枯れて花咲く

2026

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