この街の一角に住む人がすっかり様変わりしてしまった。いまは職住を同じくする家は無くなったと言っても過言ではない。外に出た途端に声をかけられた。思い出せない顔である。筋向かいで親が家具を売っていた三男坊だという。この街を出て40年ぶりであるとのこと。そういえば自分より三歳年少の長男が防衛大学に入った時、大喧嘩して以来逢ってないが健在か、そして階級はどこまで昇ったのか、と尋ねたら、妻と死別したが元気だとのこと。空軍に属していて、昔でいう中佐で定年になったとのこと。お母さんも奈良で健在で、95歳になったとのことなどいろいろ話しは尽きなかった。そこへ二人の話に割り込んできた男があり、神戸に行くのに交通費を寸借に来た。これから神戸の親戚に金を借りに行くのだと言う。貧乏人が背負っていかなければならない人生を描いた、樋口一葉の貧困生活の体験から生まれた名作
『大つごもり』のことを思い出した。
お峰という娘が、山村家の奉公人となってしばらくした後、初音町にある伯父の家へ暇をもらって帰宅する。そこで病気の伯父から、高利貸から借りた10円の期限が迫っているので期間延長のための金銭を払うことを頼まれ、山村家から借りる約束をしに行く。そこに総領である石之助が帰ってくるが、石之助と父の後妻は仲が悪いため、機嫌が悪くなり、お峰はお金を借りる事ができなかった。そのため、大晦日に仕方なく引き出しから1円札2枚を盗んでしまう。その後、山村家では、大晦日の有り金を全て封印するために、お峰が2円を盗んだことが露見しそうになる。お峰は伯父に罪をかぶせないがために、もし伯父の罪にとなったら首を吊る決心をする。ところが、残った札束ごと石之助が盗っていたのであったとのあらすじであるのだが、神戸でその男はどんなあしらいを受けるかは、新年にならなければ分からない。久しぶりに遇った昔の近所の男と顔を見合わせながら、大阪の大晦日を味わうことができたと別れた。
・きょうのわが駄作詠草
移り行く歳晩の街に小雨あり美しくして年惜しみいる


16