鉄道に乗ることが趣味である人を「乗り鉄」というとか。東京から帰省中の孫のところに、一昨夜遅く東京からやって来た「乗り鉄」の学生がある。新世界の「もつ鍋」を所望され、帰ってきてリビングダイニングで楽しげに過ごしている。邪魔をしないよう別室で晩酌をした。睡魔が襲って来たので寝室に退散しようとするにはどうしてもそこを通らなければならない。酔態を見られるのが厭だが仕方がない。咄嗟に口から出た言葉は、「君のお祖父さんは酒が好きですか。」「はい」「お父さんは。」「はい大好きです。」「お祖母さんは。」「少しは飲んでいるようです。」「お母さんは。」「だめです。」であった。孫に去年も同じこというてたと指摘されたが、酔いのなせる所業であろう。ともかくも無難にそこを通過して二階へ。朝、起きたら、姫路まで山陽電鉄に乗って行って来るとかで二人で出掛けたと聞く。帰って来たら「すき焼き」が好かろうということになった。。再び部屋を明け渡し、独酌の刻を過ごす。多勢の時は別室で過ごして貰うのだが、もう家族同様の友人であるのでこのような仕儀になってしまった。さて、今晩はいかにして酔態を紛らそうかとしたら、先方から、「お世話になりました。明日早く帰京します。また、来年も宜しくお願いします。」だった。「ああ、来年までわが命があるかな。」という言葉が出たのでわれながらその人生哲学の深みを思わせる独白に自讃しながら寝てしまった。
朝起きたら、6時すぎに風のように二人で出掛けたという。和歌山に出て、紀伊半島を一周して名古屋へ。夜遅く帰宅するとか。若さゆえのそのバイタリティには感服してしまった。現在では紀勢本線として紀伊半島を一周して往くのだが、わが学生時代には紀勢西線、紀勢東線と呼ばれ伊勢と紀州が分断されその県民性も違っていたことを知る者には、百年経っても新幹線など通らないだろうと、この秘境があこがれの地であったことが懐かしく想い出されてくる。
・きょうのわが駄作詠草
春さむく風もつめたし紀の国はさくら花咲くことを思いて

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