きょうは亡父の49回目の祥月命日にあたる。17回忌までは毎年この日は親戚の有縁の人たちが寄って来て法要を営んだあと、会食しながら故人の思い出に浸っていたものだ。ところが33回忌あたりになると次第に物故者が増えて故人を知る人も少なくなり、法事の雰囲気にも変化が現われて来た。母親が生きていた頃はまだ親戚の従兄弟従姉妹が来ていたのだが、その母親も亡くなり、故人を知らない身内が殆んど占めるようになって来た。しかし、来年は50回忌弔上げということで、 ここで区切りをつけ故人の法要を終了することになっている。生きて親の弔上げをするのは、30才そこそこまでの若い時に親を亡くしていて苦労を重ねたということになっているが、徒に馬齢を重ねて来た者には幸せな生涯を自分の生涯より多く見守ってくれていたのだと感謝している。
偶々、きょうは父が亡くなった日と同じような暑い日であり、その日も全国高校野球の夏の大会の決勝戦であった。全国の高校野球フアンがわきたっていたことを、いま行われている、作新学院と北海の決勝戦のテレビ中継を観戦しながら想い起こしているところである。松山商業対三沢の延長18回引き分け再試合という球史に残る決勝戦があったときのことで、決勝戦で死闘が繰り広げられているところであると父に告げたら中京と明石以来の補回試合を決勝戦でやってるのかとつぶやいた。いや最近は18回までで引き分けたら明日再試合になるという規則になっていると云うとうなずいていたのだが、くたばるまでやったら好いのになどと冗談めかして言っていたが、逝ってしまった。あれから来年で半世紀が経つのだと感慨無量である。
・きょうのわが駄作詠草
白くなりいし髪を梳きながら色なき秋の風に吹かれる

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