秋のお彼岸もきょうで終り。澄んだ空が戻り涼しい風が頬を撫ぜてくれる。最近話題の
「獺祭」という山口県の酒が手に入ったので同窓会に持参しようと思っているのだが、皆が喜ぶだろうと、得意気に吹聴する知人が現われたので、即座に止せと、進言した。酒の値打ちを知らない者に振舞ってどうするのだ、勿体無いことをするなと言いたかったのである。
「佐々木久子のお酒とつきあう法」という昭和57年(1982)、36年前に発刊されたエッセイを引っ張り出す。女性とはいえ、酒に関しては、当時、博学知識に右に出る者がなかったのである。なかに各県産の銘酒が一銘柄ずつ彼女に推奨されていた。男山(北海道)、桃川(青森)、浦霞(塩釜)、樽平(山形)、越乃寒梅(新潟」、立山(富山」、御前酒(岡山)、賀茂鶴(広島西条)、五橋(山口)、梅錦(愛媛)、西の関(大分)などなど彼女のお眼鏡に適った銘酒の数々である。そして山口の「五橋」のことである。明治維新を成功させた長州藩の伝統が根強く、政治好きの気風が強い土地柄であるが、飲んだり食べたりの食文化にはかなり無頓着で、100軒余の醸造元があるのに、80軒ばかりは千石に満たない小さな醸造家ばかりで、その大方は桶売りで灘に出荷していて、僅かに岩国の「五橋」のみ天下に響いた銘酒である。その蔵には九次義夫という吟醸酒造りにかけては県下随一の杜氏がいて中国地区の品評会で、毎年優勝を繰り返す名人がいた。五橋(錦帯橋)の下を流れる錦川の伏流水は、稀にみる清浄な軟水で、その水によって「五橋」は、酒質が温雅でキメが細かく口あたりがよい酒になるのだという。日本酒は、米を磨きあげてもその水質に微妙な出来具合があると聞く。酒には、昔から甘、酸、苦、渋、辛の五味があってそれがうまく調和されたのが良好とされている。その酒を飲むのに、@「見る」A「かぐ」B「なめる」C「すする」D「あおる」E「ひたる」と六段階の飲み方があると曰う人があるそうだがCまででDEはいただけない。
さて、次なる狂歌であるが、
「世の中に酒というものなかりせば、何に左の手を使うべき」とは、意味深長な酒呑みへの警世の句である。武士たるものは、いつ敵襲をうけるか分からない。心を許した親友でも、酒を酌み交わしていても、いつ不意打ちを受けるか知れない。その時、右手で盃を持っていたのでは、左に差した刀を抜くことができない。常に左手に盃を持ち、右手をあけておき、素早く刀を抜いて立ち会うためには、酒は左手で飲めという作法があり、酒飲みを左きき、左党と呼ぶのだとする。他愛のない雑学を齧りながら、先日九州から送られて来た「かぼす」をしぼって肴にかけ、「獺祭」ならぬ「五橋」をなめようと思っている。
・きょうのわが駄作詠草
よき酒はかくのごときに飲むべしと塩昆布一つまず口にする

1925

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