月に一度あるとある商店街の会合に出掛ける。残暑がきびしく汗が噴出してくる。南海電車のなんば駅前広場の空間を利用するために社会実験をする地元商店街の幹部からの説明があった。大阪ミナミがキタの蹂躙をこれ以上許す訳にはいかないという意識が漸くわいて来たのだろう。当然のことのようにこの社会実験への協力分担金の要請もあった。
相変わらず警察当局からの防犯カメラの録画提供の件で、強盗、引ったくり、暴行と物騒な事件が今月も報告された。昨日のパレードではないが、いつになったら「安全できれいな日本橋」がつくれるのか、大阪府警本部長の感謝状が部屋の壁に燦然と輝いているのを見るにつけ、きれいなまちをこころがけなければとの思いになる。
また、外国人がネットで日本橋「でんでんタウン」を検索してもわからず、その存在感が希薄なためネーミングを変更しようとする提案がなされた。大阪といれなければ解らないとは。秋葉原はアキハバラで日本橋はニッポンバシで通じないとは。電器屋街としての面影を喪失した現在の「でんでんタウン」であるが、さてどうしたら好いのか考えて欲しいということであるのだが、難しい問題ではある。
帰り道に、呼び止める声がかかる。病院の帰りとのこと。この年になるとこの種のあいさつがよくある。寂しいことではあるが、トラムを通してにぎわいを楽しみにしている者には悲しいことである。
・きょうのわが駄作詠草
寂しさに耐えるというは汗流るわが家への道夕べ光(かげ)あり

2027

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