蒸し暑い日が続いている。雨があがったら、汗が滲み出てくる暑さが襲って来る。突然、けたたましい罵声が聞えてきた。外に出ると、駐車を取り締まっている係り官が歩道にバイクを止めてあるのに違反切符を切ろうとしているのを店の中で食事中のバイク所有者が見付けて猛烈な勢いで抗議し始めたので取り締まりが中止され、現場を離れた。それを追いかける罵声が街中に響き渡っているところであった。追いつかれた係り官の胸ぐらを捕まえて押し倒そうとしている。打擲(ちょうちゃく)されるのかとその引き攣った顔を見ていたらするりとその鉄拳を掻い潜って去って行った。そのあと、食事していた店に帰って来て駐車場もないところで商売するなと入口にごろりと横に寝そべってわめき散らすので、通行人が110番したのでパトカーがやって来て、バイクの運転手の言い分を聴取していた。約1時間の寸劇が終って、バイクの運転手はバイクを引きずってすごすごと現場を去って行った。
『錯乱の論理』で評論家の花田清輝は、
「地獄には地獄の法律がある。錯乱には錯乱の論理がある。こういう錯乱の論理を把握しないで、どうして狂人の論理の錯乱を笑うことができようか。」との皮肉を投げ掛けている。蒸し暑い午後のひと時である。
七月大歌舞伎が道頓堀の松竹座で開催される。その船乗り込みのお誘いを受けて家族が出かけて行った。「松嶋屋!」「萬屋!」「成駒屋!」「高麗屋!」の屋号が飛び交う贔屓の掛け声が道頓堀の川面を伝わって来たことであろう。
錯乱者の罵声を忘れさせるのは、大向こうからの声の清々しさであろうか。
あくまでも寂しき声よ錯乱のあとを忘れるわびしき思い

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