蒼穹(そうきゅう)とは青空のことである。江戸時代の大阪の俳人、上島鬼貫(1661−1738)の句に
「むかしから穴もあかずよ秋の空」という、愉快な作品がある。そんな一点の隙間も見せない青空が、天高く澄み渡っている。なのに、彼岸が終ろうとするのに、残暑が残っていて額の汗を拭き拭き冷たい茶を所望する客人もある。覚えのない人から覚えのないことを訊ねられることほど暇がかかることはないのだが、先方が来訪するなり水を求めず、冷たい茶を所望したのだから、よくよくその面体「めんてい」を観察し伺ってはいるのだが生憎、想い出せない。うっかり「どちらさまでしたか」と云おうものなら、「無礼者め」と一喝されそうな風体である。まさか、「オレを忘れたのか」と、一方的に呆けを決め付けられて、オレオレ詐欺をの誘惑を企んでいるのではとの疑いも芽生えて来た。さあ、どうすべきかのためらいのなかに決断の時が迫って来た。「義を見てせざるは勇無きなり」の孔子の言を考えた刹那、先方がやおら起ちあがって「すみません。どうやら家を間違ったらしい」ときた。「はっきりどちらかと、訊いて下さればよかったのに」と、認知症の方と思ったのだが、オレの方が呆けていたようだと、笑いながら謝ってくれたので、「お前はバカか」と云ってやろうとしたが、オレオレ詐欺の一味でなかって安堵しているところでもある。
明けて行く空はわずかに黒きかな一月前は蝉啼きいしも

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