家人がもみじ狩りを兼ねたピクニックなどに出払っていて留守居をしている。先日、近所に在住の会社社長がその昔、茨木市の中学教師をしていた関係で、その地の出身の川端康成と大宅壮一の話が出たので大宅の旧制茨木中学時代の日記が中央公論社から収録された大正4年〜7年までの興味深い書物を持っているので読んでみるかと言ったら是非にとのことだったので、書斎を探して引っ張り出して来た。可なり前に読んだのだろう、わが街の近在に嫁いでいた姉を訪ねて遊びに来ていた当時の街の様子などが克明に描写されていて、その箇所に付箋紙が貼られていて自分も熟読したことが理解される。少年雑誌の投書魔として知られた大宅壮一だけあって、中学生の文章にしては後年、名声を博した文筆の冴えを伺い知ることが随所にあって、付箋紙の場所をもう一度読み返して、この書物を貸すのは良いが、還って来ない場合があるかも知れないと、念を入れる必要を考えている。何故なら、今まで必ず返すと言われて返して貰ってない蔵書が幾冊もあるからではあるが、思うだに悲しいことではある。
午後しばし大正時代の街偲ぶあの戦争で焼けしことなど


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