まだ梅雨明けの宣言にはほど遠いが、多湿のなかに酷暑が襲ってきた。「炎帝(えんてい)」ということばがある。漢名で春を「陽春」「発春」などというように、「朱夏」「炎夏」などと夏のことが表現されている。そして、「冬帝」と呼ばれる冬に対して夏もまた「炎帝」ということになっている。世界最高気温は1921年に記録された西南アジアのメソポタミア付近での58.8度であるといわれている。こんな猛暑に襲われたら、今風にいわれる「熱中症」どころか「熱射病」で斃れる者が続々現れるだろう。一部の地域を襲った地震、津波による自然災害どころか、それを凌駕する大被害になるだろう。大阪でもこの梅雨の時期には珍しい30度を超しているであろう午後、とある会合に出席する。この会合でも「熱中症」が話題になるほど、初夏の段階でこのような猛暑に見舞われるとは先が思いやられる。6月時点でこのような状態であるのだから「節電」の要望は絵空ごとに映ってくるのだが、今後のこの節電の試練に耐えるには頭が痛い問題ではある。
「打水(うちみず)」。日本には美しいことばがある。夏の日中、夕方、道路に舞い立っている塵、埃をしずめるために水をまく。コンクリートで固められていない、土の路の時代の夏の風物詩があった。庭の飛び石や灯籠が打ち水に濡れて、植え込みからしずくが落ちてくるのを見ると、思わず暑さを忘れて涼しい気分になったものだ。
打水のころがる玉を見て通る
と飯田蛇笏の細かい観察が憎らしい。この感性が分かる人は如何ばかり在りや、と寂しい限りではある。
さて、この会合の議題に戻る。7月28日に「打ち水イベント」への協力、参加の要請が取り上げられた。南海電気鉄道企画部の企画とのこと。ミナミエリア周辺に「打ち水」という気軽にできるエコ活動をして、その大切さを知ることで、「なんば」「ミナミ」から環境保全の大切さを広めていくことがこのイベントの目的であるという。大阪市長もこの日の取り組みに参加予定がある。大阪市のヒートアイランド対策の普及啓発事業にも協賛するということでこの「打ち水大作戦」は良質な企画であると思う。このような日本人のこころを揺すぶるような催しはうれしいことである。
折しも、街の環境美化条例なるものの提案の承認を求められる。曰く、歩道の「@清掃・ゴミの処理A自転車の通行・駐輪B広告・展示C商品の展示D店舗の宣伝音響E鳩・猫・その他の動物の餌やり・糞尿の処理F防犯・ホームレス対策」等々哀しくも、また、さびしい、打ち水の奥床しい話題に比べて温度差がありすぎる環境美化条例の提案ではある。
夕刊では、東北地方に停滞する梅雨前線に向かって、暖かく湿った空気が流れ込んだ影響で、関東北部を中心に気温が上昇したとある。埼玉県熊谷市では39.7度と6月では観測史上最高の気温を記録したという。何をか況やであり、節電どころではない命の問題になってきた。神である「炎帝」はなにを考えて過酷な仕打ちをなされるのかと問うてみたくなる。
―今日のわが愛誦句
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炎帝の怒りに我の髪乱れ 上野泰
―今日のわが駄作詠草
・愛にがく唇甘し仏桑花
口ゆがめつつ水打たるべし

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