弓ヶ浜と呼ばれる海岸線沿いの道を境港へと入っていく。この浜は昔は夜見ヶ浜と呼ばれていた。『出雲国風土記』に「伯耆の国郡内の夜見の嶋」とあり、古くからの地名であることが分かる。「夜見」は「黄泉」に通じ、神話の世界が垣間見える。
この地に生まれた水木しげるは『のんのんばあとオレ』の中で
「私が生まれ育ったのは山陰地方の鳥取県境港です。境港は宍道湖とその続きの中海(なかうみ)という塩水湖が日本海へでるところにある古い港町です。水路をへだてるとすぐ島根県で、島根県は古くは出雲の国といって、古代からの伝承がゆたかな土地です。出雲大社などの歴史上興味深いところがたくさんあります。明治時代に、ラフカディオ・ハーンというイギリス人が、日本民話に関心をもって松江に住みつきました。ハーンは、日本民話のうちでもふしぎな話をこのみ、『怪談』という本を書きました。日本女性と結婚し、名まえも小泉八雲と日本ふうに改めましたが、この八雲というのは 出雲のことを歌った古い和歌からとったものである。ハーンのような外国人がこんなにうちこむほど、出雲地方には、古くおもしろい、ふしぎな話が多く伝わっています。また、水路のこちら側、つまり境港の属する鳥取県も、やはり歴史の古いところで、このあたりは伯耆(ほうき)の国といい、山岳信仰で有名な大山があります。また、近くには美保関という、言白主(ことしろぬし)という古い神様を祭ったところもあります。こういう環境で、私は育ったのです。」
と書いている。小泉八雲が名前を取った和歌は『古事記』の「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに 八重垣作るその八重垣を」で日本最古の和歌といわれる須佐之男命(すさのをのみこと)の歌である。「八雲たつ」は出雲にかかる枕詞で出雲を象徴する言葉となっている。美保関は隠岐への港として後醍醐天皇をはじめ、多くの流刑に処された要人が通ったところである。
米子から「水木しげるロード」のある境港駅を結ぶJR境線が面白い。妖怪の愛称の付いた駅名が各駅についていて旅を愉しませてくれる。米子(ねずみ男)→博労町(コロボックル)→富士見町(ざしきわらじ)→後藤(どろたぼう)→三本松(そでひき小僧)→河崎口(傘化け)→弓ヶ浜(あずきあらい)→和田浜(つちころび)→大篠津町(砂かけばばあ)→米子空港(べとべとさん)→中浜(牛鬼)→高松町(すねこすり)→余子(こなきじじい)→上道(一反木綿)→馬場崎町(キジムナー)→境港(鬼太郎)と、一時間の旅であった。鬼太郎列車と水木しげるの世界に登場する「鬼太郎」「目玉おやじ」「ねこ娘」「ねずみ男」のペイントが施された異様な列車である。途中の「傘化け」駅から雨が突然降り出してびっくりさせられる。そして、「水木しげるロード」では、生憎の夏の雨に祟られてしまったべとべとに濡れた体ではあったが、沿道の妖怪のモニュメントに魅せられながら歩いてしまう。ああ、妖怪の悪戯なりや。はたまた八雲の戯れか。水木しげるの世界は怪異なるかな。
―今日のわが愛誦句
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夏時雨おどろにランプ亡びたり 秋元不死男
―今日のわが駄作詠草
・妖怪の故郷遠し花いちもんめ
びしょ濡れのなか夏寒きかな

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