「寒」と付くことばがピッタリの日々が続く。寒烏、寒雲、寒泳、寒気、寒灸、寒行、寒月、寒稽古、寒の水、寒波、寒風、寒詣、寒夜、寒念仏、寒紅、寒中見舞、寒冷前線など手元の歳時記の索引で寒の項目をみると、約70種類の寒・・が記載されていた。そのなかで寒の水といえば江戸時代前期に貝原益軒の編んだ
『日本歳時記』によれば、
「食物薬物等を製すれば、水の性よき故、久しくたくわへて損せず」としてか白味噌などの製法が示されている。寒中の水と聞けば、いかにも冷たく、清らかな感じがするので、その水を飲めば、感冒の予防や胃腸病の治療などに効くという習慣が伝えられていて、古来、人々の間では神秘的な効果効能が期待されていた。
寒の水念ずるやうに飲みにけり 細見綾子
井原西鶴の
『西鶴織留』に、寒の水は肌を滑らかにして、白粉(おしろい)のつきがよくなるといわれて、隠居の老母が、嫁に、
素顔でさへ白きに、御所白粉(ごしょおしろい)を寒の水にてときて、二百へんも摺(す)り付け、・・・。と、非難する様子が書かれているのだが、核家族化で嫁姑の関係が今ではなくなってしまったのだが、封建制時代はこのようなことは常套であったのであろう。
笑み解けて寒紅つきし前歯かな 杉田久女
「寒紅や寒紅や」と呼び歩いた唇に付ける紅を売る商人があった。寒中に製造した紅は品質がよく、色が美しいものとされていた。寒中の丑(うし)の日に作る口紅は良質で変色しないとされていた。寒の水で洗顔して、寒紅で化粧した顔が今在るやを思う。神楽舞の巫女にその面影があるやなしや。
寒風にさらされ街を闊歩する現代女性を眺めながら、昔の女性も厳しい寒さの中で美しく装うことを意識してのだと寒紅に教えられる。
寒梅や五色の衿の春日巫女 伊賀文草
―今日のわが愛誦句
・
乾坤に寒といふ語のひびき満つ 富安風生
―今日のわが駄作詠草
・昔ありいつしかに消ゆ寒の紅
神楽を舞へる巫女の口もと

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