山椒の実を煮る時節になった。小枝にびっしり付いた実を一粒ずつ毟っていく作業は根気のいることで捗らないのを傍らで見ながらつい手を出して手伝っていた。これを醤油と酒で煮て保存する。空腹のとき、山椒(さんしょう)の実を一日5〜6粒食べると気分がすぐれるという。大脳を刺激し、内臓を活発にする作用があり、昔から梅干しなどと同じ家庭の保存食にもなっている。
山椒の実を毟りながらふと
『稗搗節(ひえつきぶし)』の哀調が口をつく。平家落人伝説を織り込んだ宮崎県の民謡である。
庭の山椒の木鳴る鈴かけて
鈴の鳴るときゃ出ておじゃれ
鈴の鳴るときゃ何というて出ましょ
駒に水くりょというて出ましょ
壇ノ浦での敗戦のあと、平家の残党の一部がたどりついたのが山深き椎葉だった。幕府から那須大八郎宗久が平家追討の命を受けやっとのことで隠れ住んでいた落人を発見した。が、ひっそりと農耕をやりながら暮らす平家一門の姿を見て、哀れに思い追討を断念。幕府には討伐を果たした旨を報告した。そして、大八郎は屋敷を構え、この地にとどまった。そればかりか、平家の守り神である厳島神社を建てたり、農耕の法を教えるなど彼らを助け、協力し合いながら暮らしたという。やがて、平清盛の末裔である鶴富姫との出会いが待っていた。いつしか姫と大八郎には、姫の屋敷の庭にある山椒の木に鈴を掛け、その音を合図に逢引きを重ねる。ロマンスが芽生えた。大八郎は永住の決心を固めたのだが、幕府から、「すぐに兵をまとめて帰れ」という命令が届く。 このとき鶴富姫はすでに身ごもっていたという物語がある。
日本酒に関して一家言を持っていて蘊蓄、能書きを垂れる近所の酒屋のおやじから、この山椒の実の話を聞いたことを思い出した。日本酒の甘口、辛口を決めるのに日本酒度という目安基準がある。0を基準にプラス(+)は甘口、マイナス(−)は辛口と判断され、通常プラス、マイナス0を旨口とされているらしい。マイナス10と表示された超辛口を飲んだとき、顔を顰めるほどうまくなく水っぽく感じたと言ったら、山椒を食べろ舌がしびれるその辛さがあるときに、その超辛口酒を飲めと教えてくれた。試してみたら、酒の味は一変して、絶妙の風味になっていた。なるほど、山海の珍味を並べられても、日本酒度で、こうも違うのかと思いながら、根気がいる山椒の実毟りを手伝っている午後のひと時である。
―今日のわが愛誦短歌
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太陽も稀に疲れて曇るなり
寂しきことを知らぬわれかは 与謝野晶子
―今日のわが駄句
・夏蝶や一瞬くらき昼下がり

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