2015/4/1

失われし琉球王朝時代の古紅型  染織



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●”黄色地雪輪に菊団扇模様” 木綿

製作地 琉球王国(現日本・沖縄県)  
製作年代(推定) 19世紀 琉球王朝期
素材 木綿、天然染料、天然顔料、”中模様”型紙による”金黄(ちんおう)”染め



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●”浅地落雁流水楓模様” 苧麻

製作地 琉球王国(現日本・沖縄県)  
製作年代(推定) 19世紀 琉球王朝期
素材 苧麻、天然染料、天然顔料、”大模様”白地型紙による”地返し”両面染め

”紅型(びんがた)”は、中世〜近世の長きにわたり海洋交易で栄えた琉球王国において、インド・中国・東南アジア諸国及び日本の、数多の染織文化との交わりの中で成熟に至った染物であり、輸入素材と地前の素材を巧みに組み合わせ、型紙・米糊を用いた”型染”を主要技法として、麻(芭蕉布を含む)・木綿を主たる台布に多彩な文様染めがなされた、海洋交易国たる琉球に固有の色香を薫らせる染織(染色)作品となります。

日本の鎖国(海禁政策)の時代、琉球王国では盛んな中継貿易が行われ、染織品も重要な輸出産品として扱われたため、近世・幕末までは織物・染物双方において部分的には日本を上回る技術的な発達・発展が見られたことが学術的に指摘できるところ、木綿や麻の”植物繊維”をベースとする多色染物においても、18c〜19c初中期当時、日本においては未だ天然染料を用いた媒染技法が習熟・完成に至らず発色・定着の不十分な彩色木綿(和更紗)を製作していた時代、琉球王国においては高度な染色技法を駆使した、色彩豊かで完成度の高い作品が生み出されました。

19世紀後半〜末、中継貿易の衰退と琉球処分により琉球王国の染織文化は衰退、さらに太平洋戦争により壊滅的な打撃を受け、王国由来の紅型製作の伝統は失われました(後世復興するものの、素材・技術・意匠・用途ともに異なるものに変化)。


●参考画像
上掲紅型の使用型紙(と同型)と思われる琉球王朝時代の白地型紙

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沖縄県立芸術大学附属研究所所蔵(鎌倉芳太郎資料)



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