『君が踊る、夏』
公開:2010年9月11日 東映系
監督:香月秀之 脚本:香月秀之、松尾朝子
“精進努力”とか“若者よ海外に出でよ”とか、これはそれぞれ今年のノーベル化学賞受賞者の鈴木章、根岸英一の両先生の言葉だけれど、これとは対極の映画だなぁ。
この映画のメッセージは
寺本新平(溝端淳平)の東京でのカメラマン修行5年間は何もしてないのと同じ、と発しているようです。新平は、東京に出る前の高校時代にガールフレンドの野上香織(木南晴夏)を撮った写真が認められて結構な賞をイタダケル。精進も努力も不要。まー、有名若手カメラマン・高木四郎(藤原竜也)やそのアシスタント・石黒智也(DAIGO)に嫌われもせず勤めていたのが、東京5年の成果といえば成果なのか。
小児がんの子供がどーとかいう話は
新平と香織が別離を余儀なくされることと、新平をよさこいに引き戻すこと、このストーリー展開の動因としてうまく機能しています。でも、難病の少女・さくら(大森絢音)の最後のよさこいになるとかどうとかは、あまりしつこくやらないので、アリガタイことにお涙頂戴に堕するのをスンでの所で免れています。
で、さくらと香織の父親・野上健一郎(本田博太郎)。じつは、あまり面白くない。
どうやら寛解状態らしいさくらがよさこいを踊りたいと言い出したところで、香織・さくら姉妹を放り出して、「父さんの業かもしれんと思って」とお遍路に出てしまいます。香織は高校卒業してから5年(あれれ、彼女は何してるんだ?家事手伝い??)で成人だからいいけど、さくらは放り出していいものか。敵前逃亡ではないか。映画としては、さくらが踊ることに反対の父親が居たままでは、香織は父親を説得するなり何なりゴチャゴチャしなくちゃならない。香織が“いちむじん”再結成に邁進するために、父親には適当にいなくなってもらったんだろうな。
パンフレットに博太郎さんが“父親としての説得力がそっと伝わるように”とやったシーンは・・・う〜ん。印象にない。
どうもね、香織・さくらにとっては父親としての存在感がほとんど無いみたいだしね。突然、父親がお遍路に出ても困るでもなく寂しがるでもない。ま、成人した娘にとっては、父親などより恋人のほうが重要なのは自然なことではある・・・さくらも、父親よりよさこいのおにいちゃん(王子様といってたっけ?忘れた)のほうがずっと重要なんだなぁ。
店のほうも(ほにや?)、健一郎がいなくても問題ないようだし・・・ふだんから、いてもいなくてもいい父親だったのかな。もしかしたら、日頃から、どうしていいかわからなくなるとふいと家から姿を消していたのかもしれん。
香織・さくらは二人とも男にねだる女。香織は高校時代、新平に1万円もするかんざしをねだるシーンがあって、そこんところで非常識でヤな女だなと思ってしまった。さくらのほうは、新平の授賞式と踊り本番が同じ日に重なってしまったことを知り、約束なのだから踊ってほしいと新平に訴える。ここは、映画なら、自分との約束はいいから授賞式に行ってというモンだろ(ベタだけど)。
新平や香織の友人・大滝司(五十嵐隼士・・・見てて仮面ライダーみたいだと思った。帰って調べたらアタリ。『仮面ライダーメビウス』)の母親・園子(高島礼子)はさずがに美しく貫禄もあって、この映画の登場人物の中では最も好きなのですが、「男は頼られてナンボ」というセリフを振られているのが残念。この映画は、どーにも後向き、保守的なのだ。高島礼子サマには、立膝で啖呵でも切ってほしかったです。
ワリと健全な家族に見えるのは、新平の両親、寺本新太郎(隆大介)と敏江(宮崎美子)。そういえば、両親揃ってるのはここだけですね。『パーマネント野ばら』を考え合わせると、高知県はそんなに夫婦の離別・死別率が高いのか!
新平の東京での隣人が田中要次や柳沢慎吾だったり、授賞式の司会が石橋蓮司だったり、“いちむじん”の楽隊(?)が高田宏太郎だったり・・・というのを発見しながら見るのはちょっと楽しい。

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