第62回『正倉院展』を拝観に出掛ける。平日の正午前後なら混雑が少ないことだろうと、高(たか)を括(くく)っていたが、然(さ)にあらず、近鉄奈良駅の特設入館券売り場の入館待ち時間情報で30分となっていたのが、奈良国立博物館に着いた時には、1時間待ちの、長蛇の列が続いていた。例年の拝観を半世紀以上続けているが、この『正倉院展』の人気だけは今も衰えを見せていないようだ。今年の目録の表紙にも採用されている世界に1面しかない「螺鈿紫檀五弦琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」の19年ぶりの出品が話題になっている。他に「漆胡樽(しっこそん)」1双。伎楽面酔胡王(ぎがくめんすいこおう)」1面など、以前から興味を抱いてきた出陳宝物が拝観することができた。かつては御物(ぎょぶつ)を拝観するというので、男子はネクタイ着用、婦人は和服すがたが当然の常識であったが、入館の際はいまどきの流行スタイルであるリュックは肩から外して下さいと注意されているのをみて、然りご尤もなりと感じるのも年のせいだろうか。
「漆胡樽」といえば、井上靖の短編小説『漆胡樽』を思い出す。この小説の為に過去この出陳に遇うごとに、感慨に浸ることができた。昭和25年(1950)に『漆胡樽』が発表されたのだが、そのときの、「目録の解説には簡単に次のように書いてある。」と井上靖は目録の解説を次の如く紹介している。
「漆胡樽 一双 長三尺三寸(中倉)
牛角ヲソノママ拡大シタ如キ異様ナ形ヲシテヲリ、木地ニ布張リシ黒漆ヲカケ、鉄製焼漆塗ノ欠き鉤鐶(かぎわ)ガ取リツケテアル。上部ニ口ガ開キ、ナニカ液体様ノモノヲ充タシタ容器ト思ハレル。思フニ胡トハ中国ヨリ西方ノ意デアッテ、外来ノ器具トイフワケデアラウ。恐ラクハ往古砂漠ヲ行クノニ、コレニ飲料水ヲ入レ、駱駝(ラクダ)ノ背ノ両側ニ振リ分ケニシテ積ンダモノナラムカ。
中倉とあるのは正倉院中倉に包蔵されてあったという意味で、資料としての価値は知らないが、兎も角、最初一瞥した時から私はこの異様な形状の巨大な器物になんとなく心惹かれた。他の陳列品とは異なり、美術品でも何でもない一個の上古の異国の器物にしか過ぎないが、暫くこれを眺めているうちに、妙に辺りの空気が静まって、そののしかかるような異様な形態の中から心に滲み入って来るもののあるを感じた。」と述べている。この短編小説が発表されて以来『異域の人』僧行賀の涙』『天平の甍』『楼蘭』『敦煌』『洪水』『蒼き狼』『狼災記』『風濤』と続く西域物といわれる小説群を発表していく。いわゆる、シルクロードブームの魁(さきがけ)をつくったのは、この『正倉院展』での「漆胡樽」の出会いによるものが大いに影響したといわれている。

音声ガイドから流れてくる「螺鈿柴檀五弦琵琶」の音色に、シルクロードの風光を感じるながら、外に出れば、遣唐使安倍仲麻呂が遥か唐の都長安から望郷の思いに偲んだ、三笠山が深まりゆく秋そらの彼方に眺められた。
星と月以外、何物をも持たぬ砂漠の夜、そこを大河のよ
うに移動してゆく民族の集団があった。若者の求愛の姿
態は未だ舞踊の要素を失わず、血腥い争闘の意欲はなお
音楽のリズムを保ち、生活は豪宕なる祭儀であった。絡
繹とつづく駱駝たちの背には、それぞれ水をいっぱい湛
えた黒漆角型の巨大な器物が、振り分けに架けられてあ
った。名はなかった。なぜならそれは生活の器具という
より、まさに生活そのものであったから。――漆胡樽、
後代の人は斯く名付けたが、かかる民俗学的な、いわば
一個の符牒より他に、いかなる命名もあり得なかったの
だ。とある日、いかなる事情と理由によってか、一個の
漆胡樽は駱駝の背をはなれ、民族の意志の黯い流れより
逸脱し、孤独流離の道を歩みはじめた。ある時は速く、
ある時はおそく、運命の法則に支配されながら、東亜千
年の時空をひたすらまっすぐに落下しつづけた。そして、
ふと気がついた時、彼は東方の一小島国の王室のやわら
かい掌の上に受けとめられていた。正倉院北庫の中の冷
たい静かな、しかし微かなはなやぎを持った静止が、そ
のびょうぼうたる歴程の果てにおかれてあったのだ。
さらに二千年の長い時間が流れた。突如、扉はひらかれ、
秋の陽ざしがさし込んできた。この国のもった敗戦荒亡
の日の白いうつろな陽ざしであった。日ごと群がり集う
人々の眼眸は徒らに乾き疲れ、悲しく何ものかに飢えて
いた。傲岸な形相の中に一抹の憂愁を沈めた漆胡樽の特
異な表情は、それと並ぶ華麗絢爛な数々の帝室の財宝の
いずれにもまして、なぜか人々の心にしみ入って消えな
かった。巨大な夢を燃焼しつくした一個の隕石の面にた
だよう非常の翳りだけが、ふしぎに悲しみをづら喪失し
たこの国の人々のこころに安らぎを与えるのであった。
『井上靖全詩集』より。「漆胡樽ー正倉院御物展を観て」
―今日のわが愛誦短歌
・かろらかに驢馬が曳きゆく空(むな)ぐるま
トルファンの葱(ねぎ)ひとすじのせて 安永蕗子
―今日のわが駄句
・青丹よし奈良秋深し三笠やま

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