炎天下の午後の外出は難行苦行である。若いころは流汗淋漓(りゅうかんりんり)という四字熟語の世界をむしろ愉しんだもので、「押し屋」という生業(なりわい)があった四天王寺への「逢坂」を大して汗もかかずに一気に自転車で上ったものだが、今は、その途中にある「合邦辻」から上は、自転車から降りて、歩いて押し上げ大汗をかかなければ上れなくなってしまった。荷車を後ろから押して糧秣を稼いでいた人の哀歓が目に浮かんでくる。
柳は花よりもなほ風情に花あり、水にひかれ、風に随ひてしかも音なく、夏は笠無うして休らふ人を覆ひ、秋は一葉の水にうかみて風にあゆみ、冬は時雨に面白く、雪にながめ深しと、江戸時代、大坂の俳人上村鬼貫がつぶやいた「独言」がある。炎天酷暑のなかを汗水垂らして出会った夏の柳の緑のしたたる風情の捨てがたさを言っているのだろう。
吹かれ立つ埃(ほこり)の柱夏柳と池内友二郎の現代俳句にも通用している夏の柳の下での涼感ではある。柳の陰で暑気に中(あたら)ぬように一服の涼しい風を薬にしているところである。
そして、その夏の柳の下陰の清涼感から生まれたことばであろう。柳の下のドジョウならぬ「柳陰やなぎかげ」という乙な造語がある。「本直し」という酒のことである。今は死語となってしまったが、戦後のある時期までこの酒の種類が持て囃されたことを思い出す。『守貞謾稿(もりさだまんこう)』という江戸時代の風俗、事物を説明した類書(百科事典)がある。著者は喜田川守貞で天保時代の書物である。そのなかの食類の部に
京、大坂、夏には、夏銘酒として柳陰と云ふを専用す。江戸本直しと号し、味醂と焼酎を大略、半々に合わせ、冷酒にて飲むなり。とある。暑さをしのぐのに暑気払いと称して酒を飲むことに寛大であった時代があった。梅酒、ブドウ酒、そして、このヤナギカゲなる夏の風物詩ともいえる酒があったことを思い出している。この柳陰(やなぎかげ)の癒やしを享けた人々のいた不幸、否、その人々には至福の時代だったであろう、あの人、この人のことを考えている。
近畿3府県に高温注意報なる情報が発令された。「節電」という大号令がある。思い出すのは先の大戦での標語集である。
「挙国一致」「尽忠報国」「堅忍持久」「万世一系」「八紘一宇」「ぜいたくは敵だ」「進め一億火の玉だ。屠(ほふ)れ米英我等の敵だ」「欲しがりません勝つまでは」「さあ二年目も勝ち抜くぞ」「一億玉砕」「神州不滅」「一億総懺悔」などなど。熱中症による救急搬送される人も急増中で消防庁の統計(速報値)では、5月30日〜7月10まで全国で搬送された人は13091人(死亡26人)と前年同期の4倍超だとある。65歳以上の年寄りが48%を占めるという。無理な節電生活が一因では、という。「高齢者は節電をせず、遠慮せずにクーラーをつけよう」「節電は体力のある若者が主体に」という声が専門家から聞かれだした。暑い暑い夏が進行中である。
―今日のわが愛誦句
・
わくら葉が落ち働ける蟻かくす 田中灯京
―今日のわが駄作詠草
・辛うじて汗止めいる午後二時よ
平穏のとき孤独なりける

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