先日娘のところに行った折、婿から平知盛の墓が近くにある、平家の落人の里もまた違う場所にあるとのことを聞き、平家の落人はわかるとしても平知盛の墓とは異なことを聞いた、と興味をもち行ってみたくなった。
見るべき程の事は見つ。今は何をか期(ご)すべき 平知盛
平知盛(1152−1185)。平清盛の4男で「入道相国最愛の息子」と九条兼実の日記(
『玉葉』安元2年12月5日条)にあり、平家滅亡の際の総大将として後世の物語に数多く取り上げられている平家一の猛将である。
『平家物語』に書かれている「知盛最期」の場面は劇的で
「新中納言、<見るべきほどのことは見つ。今は自害せん>とて、乳母子(めのとご)の伊賀平内左衛門家長(いがのへいないざゑもんいへなが)を召して、<いかに、約束は違(たが)ふまじきか>とのたまへば、<子細にや及び候ふ>と中納言に鎧(よろひ)二領(にりやう)着せ奉り、わが身も鎧二領着て、手を取り組んで海へぞ入りにける。」と描かれている。また能の
『船弁慶』では義経が頼朝に疎んじられ西国に逃亡しているときに知盛が亡霊として現れる。
「そもそもこれハ。桓武天皇九代乃後胤。平乃知盛。幽霊なり。あら珍しやいかに義経。思いも寄らぬ浦波乃」と刀を持って舞を舞うが弁慶が刀ではかなわぬと経文を唱え知盛の亡霊を去らすという物語であるのだが、その勇猛ぶりが喧伝されている。また、最も有名なのは歌舞伎や文楽の
『義経千本桜』の二段目「渡海屋の段」や「大物浦の段」は別名「碇知盛(いかりとももり)」とも呼ばれ、知盛が崖の上から碇と共に仰向けに飛込み入水する場面がクライマックスとなっている。源平が対峙する物語で平知盛は平家の勇将の代名詞として登場している。
『義経千本桜』 碇知盛
平家の落人伝説は日本各地に残っている。平知盛の伝説も三重県伊勢市の知盛山久昌寺にある。伊勢市のホームページには
「伝説によると知盛は、実は生き延び、平家の再興を願い、従者30人と共に、紀州の南海を廻り、五ヶ所湾あたりから山越えをして、前山に隠れ住んだ。その後神宮長官の保護を受け、北条時政による探索をのがれ、鷲嶺の峰をこえて菖蒲の里に移り住んだ。その知盛の死後、菖蒲の墓地に御堂を建て菩提を弔ったのが、「知盛山久昌寺」である。ここには「当地草創久昌寺殿従二位新中納言平庵知盛大禅定門」と書かれた位牌が祭られている。久昌寺は、壇ノ浦合戦の5年後、建久元年(1190年)の建立で、本尊の阿弥陀如来には、承久3年(1221年)8月20日の胎内銘があり、西海に沈んだ平家を弔ってこの仏を造らせたという文が添えられている。阿弥陀如来は、仏師僧幸賢の作で、像の高さ97センチ、寄木造、木眼、漆箔像で昭和31年(1956年)国の重要文化財に指定された。昭和27年本堂改築の際、知盛の墓を発掘したところ、写経石数千個、短刀一振りと人骨2体がみつかった。がこの人骨は婦人のものであった。−参照:[市郷土史]」とある。源義経が実は平泉で死なず蝦夷から中国に渡りジンギス=カンになったという話に代表されるように日本人は実は生き延びたという英雄伝説を好む。本人が落ち延びたのではなくその所縁の者が落ち延び後々主人を偲びその供養塔等を立てたりする場合も多々あったであろう。
兵庫県佐用町
件の知盛の墓の話も差し詰めそんなとこだろうと検討をつけて佐用町大畑を訪れた。眼の前に葡萄畑が広がる、まさに隠れ里の名にふさわしい谷間の小さな集落のはずれにその塚は建っていた。墓の横に蘊蓄板があり、知盛の一代記がかなりの分量で書きつづられている。そして「壇ノ浦大海戦八百年記念」の石碑も建てられていた。集落のお寺である「常勝寺」によると知盛の息子・知忠が壇ノ浦の戦い後、落ちて行く途中でこの集落に立ち寄り其処の娘と恋に落ちた、との言い伝えがあり、その後さらに落ちて行った。後の世に親子を偲んで供養碑が経ったとのことだそうだ。
しかし、此処でまた疑問が生じる。知忠は壇ノ浦の戦いの時にわずか3歳。伊賀に預けられて後に平家復興の謀反を起こし17歳で討たれた武将である。余りにも年代が違いすぎる。結局のところ「平知盛の墓」は誰の墓であるか分からずである。しかし、知盛を慕い偲んで八百有余年守り続けひっそりと葡萄を作り続けて来たこの村の平家の誇りを感じることができた。
帰宅後、兵庫県佐用町商工観光課に電話を入れる。@伝説はいつ頃からあったのか。A所有地は誰の物件なのか。B塚の土壌が赤いが何故か。C集落民はすべて平家に所縁があるのか。Dならば、蝶紋と言われる平家紋の確認はあるのか。E俗に、葡萄生産地は平家の落人の里との伝承地が多いというがどう認識しているのか。などを聴いた。すべて分からないので勉強して回答するとのことであった。
―今日のわが愛誦短歌
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一人(いちにん)のわれを貫き人の世と
天とに通ずおもしろきかな 与謝野晶子
―今日のわが駄句
・初蝶やよれよれてくる彼方より

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