日本の三大祭とされる大阪の「天神祭」の日がやって来た。大阪では、昔からビールが最高に旨いと言われたようにやっぱり暑い。
一般的に立秋前の18日間は夏土用を指し、この期間を暑中と呼び、暑中見舞いを出す時期でもあるとされている。今年は土用の入りの最初の丑の日がきょうにあたっていて、鰻(うなぎ)を食べて滋養をつけ暑さを乗り越えろということが伝承されている。たとえば、
『万葉集』にある大伴家持の歌として「石麻呂(いしまろ)に 吾れもの申す 夏痩せに よしといふものぞ 鰻(むなぎ)とり食(め)せ」(18−3853)というのがある。吉田連(むらじ)石麻呂という老人の身体が大変痩せていて飢餓寸前のような状態に正に似ていたので、家持が戯れに詠んだものだとされている。
林芙美子の短編に
『うなぎ』という作品があることを思い出した。戦後の混乱期、夫を失くした女性が幼い子を抱えて、苦労して生きているすがたを描いている。ある夜、生活に疲れ果てた彼女は、駅で出遇った男に誘われるままに、連れ込みに入る。朝になって、戸を開けると目の前の路地で、若い男がこちらを向いてうなぎを裂いていて、女房らしい女が、七輪の上で、うなぎにたれをつけては焼いてをり、香ばしい匂いをさせている。そして、その匂いを嗅いで、ゆっくりと彼女に生きる力がわいてくるという、うなぎを焼く匂いを効果的に使った名作である。思い出に懐かしいという言葉があるが、もうこんな光景を思い出したくないという戦後も70年が過ぎている。こんな飢餓の時代が日本にもあったのだ。
また、うなぎが大好物であった歌人斉藤茂吉ではあったが、戦後よれよれに疲れきった身体で、
「もろびとのふかき心にわが食みし鰻のかずをおもふことあり」という詠草を残している。
矢張り、土用の丑の日にはうなぎを食べるものだと妄信しながら夕餉にのぼっているうな重にありついた幸せを味わっているところである。
・きょうのわが駄作詠草
寂しさを思えばかなし何処より鰻焼く香を嗅ぎし日のこと

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