「老いぼれの、くそ爺よ死ねよ、この死に掛けめ。」前を歩いていた老人に罵声を浴びせかけて迫ってくる若者があった。もしや自分を罵っているのではないかと疑ったが心当たりがない。が、殺気を感じたので念のために身構えた。その時、咄嗟に振り向いた前の老人は突いていた杖を振りかぶってその若者に突っかかってきた。老人と若者双方の顔が引き攣っている。この形相では下手に仲裁しようものなら、とばっちりを食う恐れを感じた。瞬時の睨みあいのあと、老人は、傍の食堂に入っていき、若者は、先ほど叫んだ文句をならべて引き下がっていった。二人に何があったかかは知らないが、唐突な出来事に遭遇して、一旦、引込んでしまった汗がどっと噴出してきて散歩どころではなくなってしまった。通行人が遠巻きにしてその剣幕の様子を見ていた。そのなかに近所に住む女性がいてどうしたのかと、聴いてくれた。被害者、加害者、傍観者と訳が分からぬ構図が炎天下で繰り広げられた。
フランスのアルベール・カミュ(1913−1960)の小説で、人間社会に存在する不条理について書かれている
『異邦人』を思い出した。
アルジェに暮らすムルソーに、母の死を知らせる電報が届いた。その葬式のために養老院を訪れたムルソーは、涙を流すどころか、特に感情を示さなかった。葬式の翌日、たまたま出会った旧知の女性と情事にふけるなど、普段と変わらない生活を送るが、友人レエモンのトラブルに巻き込まれ、アラブ人を射殺してしまう。逮捕され、裁判にかけられる。裁判では、母親が死んでからの普段と変わらない行動を問題視され、人間味のかけらもない冷酷な人間であると糾弾される。殺人の動機は、「太陽が眩しかったから」と述べた。死刑を宣告されたムルソーは、懺悔を促す司祭を監獄から追い出し、死刑の際に人々から罵声を浴びせられることを人生最後の希望だと叫ぶ。
きょうもまた猛暑日が続いている。玄関で涼を探して寝ていた老猫が何を思ったのかのこのこ炎天下の路上に飛び出して行って路上のタイルの上に寝そべってしまった。慌てて抱き上げた体は燃えるような熱さであった。
・きょうのわが駄作詠草
いずこから来し連雀か炎天に何を探すか道突(つつ)きをり

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