誰に訊いたのか読売テレビの取材があった。新世界の20年前と現在と比べて、如何程の変化があったかという問いかけである。20年前どころか戦後の70年間はもう知る人も稀有になってしまったので、わが見聞より確かな記憶を持っている人の存命はそう多くあるまいと自負しているのだが、この20年間で変わったことと言えば、@串カツ店の急増A外人観光客の氾濫B新世界市場の衰退などが思いつく。そして、20年後の将来ということになれば、@星野リゾートの進出とするホテル増加Aトラムの開通B芸術家集団の登場などが考えられる。
隣接する日本橋筋商店街にとっては、、新世界がトラム開通に積極的な姿勢を示すならば、あべの→新世界→日本橋→なんば→御堂筋→梅田→新大阪と世界に通用する観光都市が出現するのではとの思いを描くのだが・・・。
さて、最近、二、三ヶ月前に一週間乃至十日間、店舗を貸す商売が誕生した。新世界にはそぐわないない洒落た構えの店舗に客が溢れて目指す展示品を買い漁っている。何事かと注視すると、ネットに紹介された商品を買っている客の群れである。そんな店舗が五、六軒あり短日に去って行き、次の店に交替しているという摩訶不思議な現象が見かけられる。戦後の物のないころ、その物のない商品を売っていたヤミ市紛いの商法の登場である。
無責任な寸感ではあるが、20年前、市会議員に頼み、絢爛豪華な祠を建て、豪華な供え物に埋まっていた地蔵尊の御すがたを拝していて、 水原秋桜子の「 春惜しむ おんすがたこそ とこしなへ」と法隆寺の百済観音を詠んだ俳句を想い出しながら、 過ぎゆく春を惜しみつつ 百済観音のお姿、教えは何時までも 変わらないものと思うように、誰も世話せず、顧みなくなった閉じられた祠の奥にある地蔵尊を遥拝する。今は夏、別れを惜しみ秋を待っている。
弁当を貰いてなぜか梅干をまず手につける幸せもあり

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